Presentation Information
[S19-03]Our findings in Beppu Bay could be a crue to suken Uryujima Island : stoneworks 30meter below water
*Fumiko Matsushima1, Sho Yasui1 (1. Underwater Archaeology by citizens & Kobe Univ.)
1.はじめに
「恵比寿さまの顔が赤くなると島が沈む」という類の伝説は各地にあるが、大分県におけるそれは瓜生島伝説として知られ、「まんが日本昔ばなし」でも放送された(1983年)。この伝説をベースにしたとされる瓜生島(沖の浜)研究は1960-1970年代に別府湾で行われたユニブーム音波調査が脚光を浴びた。1980年代以降は歴史地震学や歴史地理学の研究者が論考を発表しているほかは具体的に海底の遺跡調査に及んだケースを聞かない。近年は南海トラフ地震への防災意識の高まりとともに地震災害の教訓となるストーリーとして注目されている。我々はかつて水中考古学の先駆けといわれた瓜生島(沖の浜)に注目し、citizen scienceとしての調査に着手し、海底調査において、大分市沖で水深30メートルに沈む石組み(石垣)を発見したのでここに報告する。2.先行研究 1960-1970年代は大分大学、京都大学、九州大学、熊本大学、地元の生態水族館マリーンパレス(当時の名称)など大学の垣根を越えて瓜生島(沖の浜)研究に尽力した。当時、蓋然性の高い説は、瓜生島は絵図に描かれているような別府湾全体に広がる巨大な島ではなく、大分市沖に浮かぶ砂洲のような地形、陸繋島で、慶長豊後地震(1596年)により沈んだというものであった。実際に“ユニブーム”調査では別府湾の海底の中でも大分市沖では地層の乱れが記録され、海底の地滑りの痕跡がみつかった。また大分市沖の海底からは木柱が発見され、九大農学部の年代特定では230年前のものとされた。仏崎沖水深3メートルの海底に石垣があると報告されている。 その後、別府湾の海岸線は道路拡張や護岸で埋め立ても行われている。1980年代以降は歴史地理学者らの論考はあるが、実際に瓜生島(沖の浜)の遺構を求めて海底調査を行った例は聞かない。また海揚がりの遺物の精査も行われていない。3.調査目的と方法我々は2024年10月より、かつて瓜生島研究に携わった方々を訪ねたり、漁業者や官公庁への聞き取りや文献、海図での情報収集を行い、大分、別府両市の海揚がりの遺物を訪ねた。2024年12月26日~2025年1月2日、2025年6月20日~現在にわたり、週末を利用して別府湾を中心に大分近郊、姫島沖から佐賀関高島沖までの海域でソナーおよび水中カメラで調査、画像を分析した。 小型船舶で航行しながらソナーを確認、海底に人工物、隆起物をみつけたらモニター付きの水中カメラを投下し、同海域を撮影した。海底調査については事前に大分海上保安部等関係機関に届け出を行い、瀬戸内海の別の海域でも船舶速度や水中カメラの投下方法や設定など事前に試行錯誤して安全な調査方法を検討した。先行研究や絵図も考察対象とし、瓜生島伝説の残る大分市、久光島沈没のエピソードが残っている別府市など両市の寺など施設を訪ねた。
4.大分市沖の別府湾で発見した石組み(石垣)2025年6月28日午前11時ごろ、別府湾の西大分港沖(大分川河口より西側)の水深30メートルの海底に水中カメラを投下し、高さ5メートル(透明度から推定)ほどの人工物、石組み(石垣)の撮影に成功した。赤みを帯びた角張った石材で、卵石とは形状が異なっているため、海底地すべりによる多数の「流れ山」が確認される大分市沖の海底地形とは異なっているのではないかと考える。国道交通省別府港湾・空港整備事務所および大分県港湾課に確認し、水深30メートルの海底にそのような人工物、沈堤を設置した経緯はなく、管理もしていないと返答を得た。
5.伝承および絵図・文献的考察、水中考古学的推察大分市には瓜生島伝説があり、かつて瓜生島にあったとされる威徳寺には海揚がりとされる巻物や仏像が展示されている。また別府市には久光島伝説があり、海門寺は、初めは別府湾にうかぶ瓜生島と並ぶ久光島にあったとされる。久光山海門寺と呼ばれた。慶長年間の大地震により鶴見岳が噴火し、海中に没してしまったために、別府市内に移築したとされている(発表時にpptで絵図や海揚がり遺物とされるものを供覧予定)。
5.結語エントリー時点では水中カメラの映像のみである。今後は可能であれば潜水調査を行い、もし採取可能であれば石組みの石の分析を行い、年代特定を行いたい。瓜生島(沖の浜)の遺構であるかどうかに迫りたい。参考)神戸大学海洋文化遺産プロジェクトは海や湖、川などの水環境をフィールドとする「水中考古学」に対し、瀬戸内海沿岸の11府県12チームの研究員を公募で選出、「市民参加型研究」を進めている。その目的はそれぞれの調査研究のプロセスを分析することで海洋分野における総合知を創出する手法の構築にある。我々は2024年度の大分県チーム(5人)の研究員。
「恵比寿さまの顔が赤くなると島が沈む」という類の伝説は各地にあるが、大分県におけるそれは瓜生島伝説として知られ、「まんが日本昔ばなし」でも放送された(1983年)。この伝説をベースにしたとされる瓜生島(沖の浜)研究は1960-1970年代に別府湾で行われたユニブーム音波調査が脚光を浴びた。1980年代以降は歴史地震学や歴史地理学の研究者が論考を発表しているほかは具体的に海底の遺跡調査に及んだケースを聞かない。近年は南海トラフ地震への防災意識の高まりとともに地震災害の教訓となるストーリーとして注目されている。我々はかつて水中考古学の先駆けといわれた瓜生島(沖の浜)に注目し、citizen scienceとしての調査に着手し、海底調査において、大分市沖で水深30メートルに沈む石組み(石垣)を発見したのでここに報告する。2.先行研究 1960-1970年代は大分大学、京都大学、九州大学、熊本大学、地元の生態水族館マリーンパレス(当時の名称)など大学の垣根を越えて瓜生島(沖の浜)研究に尽力した。当時、蓋然性の高い説は、瓜生島は絵図に描かれているような別府湾全体に広がる巨大な島ではなく、大分市沖に浮かぶ砂洲のような地形、陸繋島で、慶長豊後地震(1596年)により沈んだというものであった。実際に“ユニブーム”調査では別府湾の海底の中でも大分市沖では地層の乱れが記録され、海底の地滑りの痕跡がみつかった。また大分市沖の海底からは木柱が発見され、九大農学部の年代特定では230年前のものとされた。仏崎沖水深3メートルの海底に石垣があると報告されている。 その後、別府湾の海岸線は道路拡張や護岸で埋め立ても行われている。1980年代以降は歴史地理学者らの論考はあるが、実際に瓜生島(沖の浜)の遺構を求めて海底調査を行った例は聞かない。また海揚がりの遺物の精査も行われていない。3.調査目的と方法我々は2024年10月より、かつて瓜生島研究に携わった方々を訪ねたり、漁業者や官公庁への聞き取りや文献、海図での情報収集を行い、大分、別府両市の海揚がりの遺物を訪ねた。2024年12月26日~2025年1月2日、2025年6月20日~現在にわたり、週末を利用して別府湾を中心に大分近郊、姫島沖から佐賀関高島沖までの海域でソナーおよび水中カメラで調査、画像を分析した。 小型船舶で航行しながらソナーを確認、海底に人工物、隆起物をみつけたらモニター付きの水中カメラを投下し、同海域を撮影した。海底調査については事前に大分海上保安部等関係機関に届け出を行い、瀬戸内海の別の海域でも船舶速度や水中カメラの投下方法や設定など事前に試行錯誤して安全な調査方法を検討した。先行研究や絵図も考察対象とし、瓜生島伝説の残る大分市、久光島沈没のエピソードが残っている別府市など両市の寺など施設を訪ねた。
4.大分市沖の別府湾で発見した石組み(石垣)2025年6月28日午前11時ごろ、別府湾の西大分港沖(大分川河口より西側)の水深30メートルの海底に水中カメラを投下し、高さ5メートル(透明度から推定)ほどの人工物、石組み(石垣)の撮影に成功した。赤みを帯びた角張った石材で、卵石とは形状が異なっているため、海底地すべりによる多数の「流れ山」が確認される大分市沖の海底地形とは異なっているのではないかと考える。国道交通省別府港湾・空港整備事務所および大分県港湾課に確認し、水深30メートルの海底にそのような人工物、沈堤を設置した経緯はなく、管理もしていないと返答を得た。
5.伝承および絵図・文献的考察、水中考古学的推察大分市には瓜生島伝説があり、かつて瓜生島にあったとされる威徳寺には海揚がりとされる巻物や仏像が展示されている。また別府市には久光島伝説があり、海門寺は、初めは別府湾にうかぶ瓜生島と並ぶ久光島にあったとされる。久光山海門寺と呼ばれた。慶長年間の大地震により鶴見岳が噴火し、海中に没してしまったために、別府市内に移築したとされている(発表時にpptで絵図や海揚がり遺物とされるものを供覧予定)。
5.結語エントリー時点では水中カメラの映像のみである。今後は可能であれば潜水調査を行い、もし採取可能であれば石組みの石の分析を行い、年代特定を行いたい。瓜生島(沖の浜)の遺構であるかどうかに迫りたい。参考)神戸大学海洋文化遺産プロジェクトは海や湖、川などの水環境をフィールドとする「水中考古学」に対し、瀬戸内海沿岸の11府県12チームの研究員を公募で選出、「市民参加型研究」を進めている。その目的はそれぞれの調査研究のプロセスを分析することで海洋分野における総合知を創出する手法の構築にある。我々は2024年度の大分県チーム(5人)の研究員。

