Presentation Information
[S21-05]Scattering analysis of Martian seismic waves using signals from the InSight HP3 mole
*Kento Komatsu1, Takeshi Tsuji1, Taichi Kawamura2 (1. Department of Systems Innovation, Faculty of Engineering, The University of Tokyo, 2. Institut de Physique du Globe de Paris)
はじめに
地震探査は、地下構造を非破壊的に解明する手法として、月や火星などの地球外天体においても注目されている。特に、NASAのInSightミッションでは、搭載された高感度地震計SEIS (Seismic Experiment for Interior Structure) が火星で初の地震観測を成功させ、内部構造の推定に大きく貢献した (Lognonné et al., 2019)。しかし、地球外天体での探査は機材の積載重量や展開可能な装置数に大きな制約があり、地球上で一般的な多数の震源や地震計を用いた探査手法の適用は困難である。本研究では、この制約下で新たなアプローチを試みる。InSightには、SEISの他に熱流量計HP³ (Heat Flow and Physical Properties Package) が搭載されている。これは「モグラ」と呼ばれる自己貫入型プローブで、内部のハンマー機構を用いて地下5 mを目指し、火星の内部熱流量を測定する装置である (Kenda et al., 2020)。本研究では、このHP³のハンマーリング(打撃)を人工的な震源(発振装置)として活用し、約1m離れたSEISでその地震波を捉えたデータを用いる。これは、本来のミッション目的ではなかったものの、着陸機周辺の極浅層を探査するまたとない機会を提供した。本研究では、この発振装置(HP³)と地震計(SEIS)がそれぞれ1台という極めて限定的な観測条件下で、火星浅部の地下構造、特に散乱特性の時間変化を推定した結果を報告する。
データと解析手法
本研究で用いた地震波形データは、HP³プローブによる掘削作業(2019年〜2021年)中にSEISで観測されたものである。通信容量の制約からダウンサンプリングされていた元データを、スパース信号解析によって高周波数帯域まで復元したデータ (Sollberger et al., 2021) を使用した。掘削作業は、着陸地点の表層は予想以上に固い地盤であり、作業は困難を伴った。運用チームはロボットアームでプローブを側面から押さえるなどの介入を行いながら、ハンマーリングを繰り返し実施した。この一連のハンマーリング作業を「観測セッション」として定義する。
解析手順は以下の通りである。
1.各セッション内で最も明瞭な波形をマスター波形とし、他の波形との相互相関を計算して、各波形の到達波のタイミングを精密に揃えた。
2.SEIS地震計が3成分の観測を行うガルペリン型であるため、観測データをXYZ直交座標系に変換した。
3.各成分の波形に対し、後続波(コーダ波)の減衰理論に基づき、一次元散乱モデルを適用して非弾性減衰の指標であるQ値を算出した。Q値は地下媒質の物理的状態、特に亀裂や流体の存在に敏感なパラメータである。
4.算出されたQ値の時系列と、InSight搭載の気象観測装置TWINSで得られた気温データの時系列との関連性を評価するため、両者の相互相関係数を計算した。その際、気温データに対してQ値データに様々な時間差(タイムラグ)を与え、相関が最も高くなる時間差を系統的に調査した。
結果と考察
Q値と気温の相互相関を解析した結果、多くの観測セッションにおいて、Q値の変動に対して気温の変動が数時間先行する場合に、最も高い相関が見られた。特に、掘削時の波形データが比較的安定していると判断されたセッションの東西(E)成分において、気温の変化がQ値の変化に約1時間先行した際に、相互相関係数が最大で約0.5に達する例が確認された。観測された時間差は、地表の気温変化が熱拡散などを通じて、時間をかけて火星浅部の物理特性に影響を与えていることを示唆する。観測期間中の地表気温が約-43℃ (230 K) から -3℃ (270 K) の範囲で大きく日変化することを踏まえると、この温度変化が熱応力の発生や、レゴリス(表土)内の物質の状態変化を引き起こし、地下の散乱構造に変化をもたらした可能性がある。その結果、地震波の減衰特性、すなわちQ値が変動したと解釈できる。相関係数が正の値を示したことは、気温が上昇するとQ値も上昇する(=地震波が減衰しにくくなる)という関係性を示唆している。この結果は、単一の地震計と気象データという限られた情報から、火星のダイナミックな地下環境の一端を捉えたものであり、地球外天体の環境変動が地下構造に与える影響を評価する上で重要な知見となる。
まとめ
本研究では、InSightミッションの地震計と気象データを用いて、火星浅部のQ値と地表気温の間に明確な相関関係が存在し、気温の変化がQ値の変化に数時間先行することを見出した。このアプローチは、限られた観測データから惑星の地下構造とその時間変化を探る新たな手法の可能性を示すものであり、将来の惑星探査における観測計画の立案にも貢献すると期待される。今後は、より多様な条件下での解析を通じて、影響が及ぶ深度や物理メカニズムの詳細な解明を目指す。
地震探査は、地下構造を非破壊的に解明する手法として、月や火星などの地球外天体においても注目されている。特に、NASAのInSightミッションでは、搭載された高感度地震計SEIS (Seismic Experiment for Interior Structure) が火星で初の地震観測を成功させ、内部構造の推定に大きく貢献した (Lognonné et al., 2019)。しかし、地球外天体での探査は機材の積載重量や展開可能な装置数に大きな制約があり、地球上で一般的な多数の震源や地震計を用いた探査手法の適用は困難である。本研究では、この制約下で新たなアプローチを試みる。InSightには、SEISの他に熱流量計HP³ (Heat Flow and Physical Properties Package) が搭載されている。これは「モグラ」と呼ばれる自己貫入型プローブで、内部のハンマー機構を用いて地下5 mを目指し、火星の内部熱流量を測定する装置である (Kenda et al., 2020)。本研究では、このHP³のハンマーリング(打撃)を人工的な震源(発振装置)として活用し、約1m離れたSEISでその地震波を捉えたデータを用いる。これは、本来のミッション目的ではなかったものの、着陸機周辺の極浅層を探査するまたとない機会を提供した。本研究では、この発振装置(HP³)と地震計(SEIS)がそれぞれ1台という極めて限定的な観測条件下で、火星浅部の地下構造、特に散乱特性の時間変化を推定した結果を報告する。
データと解析手法
本研究で用いた地震波形データは、HP³プローブによる掘削作業(2019年〜2021年)中にSEISで観測されたものである。通信容量の制約からダウンサンプリングされていた元データを、スパース信号解析によって高周波数帯域まで復元したデータ (Sollberger et al., 2021) を使用した。掘削作業は、着陸地点の表層は予想以上に固い地盤であり、作業は困難を伴った。運用チームはロボットアームでプローブを側面から押さえるなどの介入を行いながら、ハンマーリングを繰り返し実施した。この一連のハンマーリング作業を「観測セッション」として定義する。
解析手順は以下の通りである。
1.各セッション内で最も明瞭な波形をマスター波形とし、他の波形との相互相関を計算して、各波形の到達波のタイミングを精密に揃えた。
2.SEIS地震計が3成分の観測を行うガルペリン型であるため、観測データをXYZ直交座標系に変換した。
3.各成分の波形に対し、後続波(コーダ波)の減衰理論に基づき、一次元散乱モデルを適用して非弾性減衰の指標であるQ値を算出した。Q値は地下媒質の物理的状態、特に亀裂や流体の存在に敏感なパラメータである。
4.算出されたQ値の時系列と、InSight搭載の気象観測装置TWINSで得られた気温データの時系列との関連性を評価するため、両者の相互相関係数を計算した。その際、気温データに対してQ値データに様々な時間差(タイムラグ)を与え、相関が最も高くなる時間差を系統的に調査した。
結果と考察
Q値と気温の相互相関を解析した結果、多くの観測セッションにおいて、Q値の変動に対して気温の変動が数時間先行する場合に、最も高い相関が見られた。特に、掘削時の波形データが比較的安定していると判断されたセッションの東西(E)成分において、気温の変化がQ値の変化に約1時間先行した際に、相互相関係数が最大で約0.5に達する例が確認された。観測された時間差は、地表の気温変化が熱拡散などを通じて、時間をかけて火星浅部の物理特性に影響を与えていることを示唆する。観測期間中の地表気温が約-43℃ (230 K) から -3℃ (270 K) の範囲で大きく日変化することを踏まえると、この温度変化が熱応力の発生や、レゴリス(表土)内の物質の状態変化を引き起こし、地下の散乱構造に変化をもたらした可能性がある。その結果、地震波の減衰特性、すなわちQ値が変動したと解釈できる。相関係数が正の値を示したことは、気温が上昇するとQ値も上昇する(=地震波が減衰しにくくなる)という関係性を示唆している。この結果は、単一の地震計と気象データという限られた情報から、火星のダイナミックな地下環境の一端を捉えたものであり、地球外天体の環境変動が地下構造に与える影響を評価する上で重要な知見となる。
まとめ
本研究では、InSightミッションの地震計と気象データを用いて、火星浅部のQ値と地表気温の間に明確な相関関係が存在し、気温の変化がQ値の変化に数時間先行することを見出した。このアプローチは、限られた観測データから惑星の地下構造とその時間変化を探る新たな手法の可能性を示すものであり、将来の惑星探査における観測計画の立案にも貢献すると期待される。今後は、より多様な条件下での解析を通じて、影響が及ぶ深度や物理メカニズムの詳細な解明を目指す。

