講演情報
[34]在郷町八尾における明治期以降1960年代までの社会資本整備過程-道路および公共施設における用地確保と関与主体の分析
○柴田 純花1、中島 直人1 (1. 東京大学)
キーワード:
在郷町、都市形成、近代化、道路整備、公共施設、富山
本研究は、富山県富山市の在郷町八尾を対象に、道路および公共施設の立地とその変遷に着目して、明治期以降1960年代までの社会資本整備過程を明らかにした。研究資料として、郷土文献資料に加え、旧土地台帳および公図を用いることで、用地確保の過程と関与主体を分析した。
その結果、八尾における空間整備は、個人の土地提供と資金的支援を基盤としつつ、地域内部の主体による調整を通じて進められてきた点に特徴があることを明らかにした。道路整備においては、明治期には個人所有地から共有地を経て公有地化される過程がみられ、戦後には住民から八尾町への土地の寄附を通じて用地が確保されていたことが明らかとなった。また、町単位での請願を背景とした合意形成のもとで整備が進められていた可能性が示唆された。一方、公共施設整備においては、施設規模に応じて用地確保の手法が異なり、大規模施設では実業家層をはじめとする有力者による土地提供や資金的支援が重要な役割を果たしていたのに対し、小規模施設では宅地の売買による用地取得が中心であった。さらに、戦後には既存施設の移転に伴う跡地利用が進展していたことも確認された。
その結果、八尾における空間整備は、個人の土地提供と資金的支援を基盤としつつ、地域内部の主体による調整を通じて進められてきた点に特徴があることを明らかにした。道路整備においては、明治期には個人所有地から共有地を経て公有地化される過程がみられ、戦後には住民から八尾町への土地の寄附を通じて用地が確保されていたことが明らかとなった。また、町単位での請願を背景とした合意形成のもとで整備が進められていた可能性が示唆された。一方、公共施設整備においては、施設規模に応じて用地確保の手法が異なり、大規模施設では実業家層をはじめとする有力者による土地提供や資金的支援が重要な役割を果たしていたのに対し、小規模施設では宅地の売買による用地取得が中心であった。さらに、戦後には既存施設の移転に伴う跡地利用が進展していたことも確認された。
