講演情報

[SY5-2]認知症患者における抜歯・義歯使用の是非〜一般歯科が緩和ケアに果たすべき役割とは〜

○三輪 俊太1 (1. Ihana歯科岐阜)
PDFダウンロードPDFダウンロード
【略歴】
2011年 大阪大学歯学部卒業/大阪大学歯学部附属病院咀嚼補綴科入局
2012年 大阪大学大学院歯学研究科有床義歯補綴学・高齢者歯科学講座
2016年 大阪大学歯学部附属病院咀嚼補綴科
2017年 JAみなみ信州歯科診療所
2018年 大阪大学歯学部附属病院顎口腔機能治療部 研修登録医
2020年 三輪歯科医院 院長
2025年 Ihana歯科岐阜 理事長
日本の認知症患者数は2050年に1,000万人を超えると推測され,歯科訪問診療においても認知症患者の口腔健康管理に携わる機会が急増している。特に口腔内の疼痛や感染は認知症患者の栄養状態,BPSD,さらにQOLや生命予後に密接に関連することから,歯科医師が緩和ケアの一員として積極的に関わる意義は大きい。しかし,訪問診療の現場では,具体的な治療方針が明確でなく,特に抜歯や義歯使用の是非については判断に苦慮する場面が多い。これらの課題について文献知見と日常臨床の事例を交えて検討する。まず,抜歯に関しては,侵襲の大きさや全身状態への懸念から,認知症患者に積極的な処置を控える歯科医師も多い。しかし,疼痛や感染源となっている歯を抜去することで,認知症患者のBPSDが改善し,摂食機能,栄養状態が著しく向上することは臨床上よく経験される。また,口腔内の汚染が誤嚥性肺炎の原因となることが明らかな場合,抜歯により肺炎リスクが軽減される可能性も高い。さらに動揺歯や残根を早期に抜去することで,誤嚥・窒息事故を予防する効果もある。一方,抜歯の侵襲が患者の全身状態悪化につながる可能性が高い場合や,疼痛・感染が口腔衛生管理でコントロール可能なケースでは,無理に抜歯を行わず,患者や家族の希望に沿って保存的に対応することが許容される。現場では家族との十分なコミュニケーションに基づき,抜歯のベネフィットとリスクを総合的に検討し判断することが重要である。次に,義歯使用についても認知症患者特有の慎重な対応が必要である。義歯は適切な管理下では咀嚼能力や栄養状態を改善し,誤嚥リスクを低下させると報告されている。また,口腔機能の維持が認知機能低下を抑制する可能性も示唆されている。しかし認知症が進行し,原始反射が出現すると,患者は義歯を異物として認識し,適切な使用が困難となることが多い。その結果,義歯による外傷や義歯自体の誤嚥事故リスクが上昇する。また,十分な義歯の清掃管理が困難となり,口腔内の感染や肺炎のリスクも指摘されている。このため,原始反射の出現や頻繁な義歯拒否が見られる場合には,義歯使用を中止し食形態の調整などの代替策を検討する必要がある。訪問診療の現場において,抜歯により慢性的な疼痛が解消し,患者が食事や生活に積極的になった事例や,義歯を中止した結果,摂食が安定し誤嚥のリスクが低下した事例を多く経験する。しかし,これらの判断は歯科医師が単独で行うのではなく,患者本人、家族と多職種を含めて協議し,患者ごとの状況に応じて柔軟に決定する必要がある。今後,認知症患者に対する歯科医療は口腔内疾患の治療にとどまらず,患者が最期まで快適に,安全に暮らすための緩和ケアの一翼を担うことが求められている。歯科医師がその役割を積極的に果たすことは,患者のQOLや尊厳の維持に極めて重要な意義を持つと考えられる。