講演情報

[SY5-3]嚥下からみる「治し支える医療」における歯科医師の役割の変容

○田實 仁1 (1. 医療法人仁慈会 太田歯科医院)
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【略歴】
2007年 鹿児島大学歯学部卒業
2008年 鹿児島大学にて臨床研修修了
2008年〜 太田歯科医院 勤務
2011年 歯科訪問診療センター長
2016年 鹿児島大学大学院入学
2019年~ 太田歯科医院
 副院長・歯科訪問診療センター長
2021年 鹿児島大学大学院 修了
2024年~ 太田歯科医院
 院長・歯科訪問診療センター長
現在に至る
歯科がみる摂食嚥下障害患者は施設を含む在宅での認知症高齢者が主である.在宅医療が歯科における摂食嚥下臨床の主な場となる.その中で認知症の緩和ケアにおける摂食嚥下障害は避けては通れない.基本的には進行性である認知症の摂食嚥下障害の対応は,脳卒中回復期における「嚥下訓練で機能回復を図る」対応とは異なる.在宅医療における認知症の緩和ケアでの摂食嚥下障害に対する重要な視点は何であろうか.
 在宅医療の最終目標は①その人らしい人生や生活を可能な限り最期まで継続できるようにすること.②介護する家族等が納得できる支援が提供されること.と言われている.そのためにQOL(クオリティ・オブ・ライフ(生命・生活・人生))の最善化が要となる.在宅医療における認知症の緩和ケア,あるいは人生の最終段階において,食べることは最期に残されたコミュニケーションのひとつであり,食べることの支援はQOLの最善化において極めて重要な要素となる.
 嚥下をみる歯科医師の最も核心的な役割は,摂食嚥下機能を適切に評価し診断することだと考える.治せない疾患に加えて訓練の適応でない状態を抱える認知症の緩和ケアにおいてもそれは変わらない.在宅医療では医師あるいは歯科医師による病状説明が肝要となる.一人ひとりの嚥下の状態を疾患や病態,薬剤等も含めて根拠を持って診断し,できる限りわかりやすく説明することが必要である.診断のみでなく,生きがい支援までを含めていくつかの選択肢を示し,本人や家族とよく話し合い対処方針を決めることが大切である.認知症の緩和ケアにおいて,共有意思決定支援(SDM:Shared Decision Making)により意思決定の場に本人や家族が参画することはQOLおよびQOD(クオリティ・オブ・デス)を高め,納得のいく人生の最終段階を過ごす大切な要素となる.
 これらの視点を含めて嚥下をみる歯科医師が具体的にできることは,診断に基づき,摂食嚥下機能に合わせた食形態や食事環境を提案すること,服用薬剤による薬剤性嚥下障害が考えられる場合には薬剤の減量や中止の提案をすること,歯科衛生士による専門的口腔ケアを指示すること,専門的立場から共有意思決定を支えること,これらを多職種協働で行うために情報を共有すること等である.認知症はその原因疾患によって摂食嚥下障害の症状が異なる.また進行性であるため状況は変化する.原因疾患に基づいた特徴や食べることの支援の要点を情報共有することが,日常のケアの質の向上につながる.認知症の緩和ケアにおいて嚥下をみる歯科医師の役割は大きい.
 在宅医療における認知症の緩和ケアに正解はない.しかし患者や家族のQOL,QODを支えるという目的は明確である.在宅医療が「治す医療」から「治し支える医療」に変容する中で,歯科医師の視点や役割もまた変わることが自然な流れだろう.