講演情報

[SY7-3]薬剤性口腔乾燥症について

○伊藤 加代子1 (1. 新潟大学医歯学総合病院 口腔リハビリテーション科)
PDFダウンロードPDFダウンロード
【略歴】
1998年 九州歯科大学卒業
2002年 九州歯科大学大学院修了
2002年(財)長寿科学振興財団リサーチ・レジデント
2005年 新潟大学医歯学総合病院加齢歯科診療室 助教
2015年 新潟大学医歯学総合病院口腔リハビリテーション科 病院講師

【主な所属学会】
日本老年歯科医学会(専門医指導医),日本口腔内科学会(専門医指導医),日本東洋歯科医学会(認定医),日本性差医学・医療学会(認定医),日本摂食嚥下リハビリテーション学会(認定士),更年期と加齢のヘルスケア学会(メノポーズカウンセラー)など
ある種の薬剤の副作用により口腔乾燥感が生じることはよく知られている.実際,日本医薬品集2018に掲載されている処方薬1483種類(漢方薬を除く)のうち,口腔乾燥に関する副作用の記述があるものは635種類であり,42.8%にも及んでいる.口腔乾燥の原因は1つではないことが多いため重複はあるが,新潟大学医歯学総合病院くちのかわき・味覚外来に口腔乾燥を主訴として来院した患者1726名のうち,薬剤性口腔乾燥と思われる患者は755名(41.7%)で,ストレスが原因と思われる899名(55.5%)に次いで2番目に多かった.
 薬剤の副作用といっても,その機序は薬剤によって異なる.精神疾患,過活動膀胱,アレルギーなどに対して処方される抗コリン薬は,副交感神経の神経伝達物質であるアセチルコリンがムスカリン受容体へ結合するのを阻害する.それにより唾液の99%を占める水分分泌が阻害され,唾液分泌量が低下する.降圧剤として処方されることが多いカルシウム拮抗薬は,唾液腺腺房細胞へのカルシウムイオン流入も阻害してしまい,唾液分泌量低下をもたらす.また利尿剤は,唾液の原料となる水分そのものを減少させてしまう.薬剤性の口腔乾燥が認められる場合は,他の作用機序を有する薬剤への変更を主治医に依頼することが理想である.しかし,現実として,唾液低下の副作用を全く有さない薬剤のみに変更することはほぼ不可能である.それでは,薬剤性口腔乾燥症に対する治療方法はないのだろうか.
 新潟大学医歯学総合病院くちのかわき・味覚外来に来院した薬剤性490名に対して,漢方薬などによる薬物療法や,口腔保湿剤の使用,唾液腺マッサージの指導などを行ったところ,6か月後に口腔乾燥感が改善したと回答したのは338名(75.3%)であった.改善率は,精神疾患がある者で有意に低く(p=0.001) ,抗コリン薬(p=0.018)および口腔乾燥の副作用がある薬剤数(p=0.014)が増加するほど有意に低下していたが,年齢,性別,罹病期間に,有意差は認められなかった.つまり,改善率に影響する因子はあるものの,薬剤性口腔乾燥症であっても,適切な治療を行うことにより口腔乾燥感が改善する可能性があるといえる.
 薬剤性口腔乾燥の改善は,口腔乾燥の副作用による薬剤のコンプライアンス低下を阻止し,原疾患の治療にも大きなメリットをもたらす可能性もある.「薬の副作用だから,仕方ない」という一言で片づけてしまうのではなく,服用している薬剤の機序を考慮したうえで,薬物療法や対症療法を行い,口腔乾燥感の軽減に努めることが重要である.
 本シンポジウムでは,薬剤が唾液分泌に及ぼす影響や,薬剤性口腔乾燥症への対応について概説する予定である.