講演情報

[P1-14]「望む場所で死ぬ」とは誰の意思か
―独居高齢者の意思の揺らぎと在宅支援の葛藤―

藤内 眞理 (株式会社緩穏 訪問看護ステーションかのん)
【はじめに】人生の最終段階において、本人の意思を尊重した支援は重要である。しかし、その意思は常に明確で一貫したものとは限らず、病状の変化や生活環境、孤立感、心理的要因などによって揺れ動くことがある。とりわけ独居の場合、日常の不安や急変時の恐怖が意思表明に影響し、支援者は「その時点の言葉」をどのように受け止めるか判断に迷う。本事例では、独居高齢者の在宅療養を通してみられた意思の変化と、それに直面した支援者の葛藤、意思決定支援の課題を検討する。
【症例】A氏、70歳代男性。心不全を有し独居で生活していた。本人は「できるだけ自宅で過ごしたい」と希望し、訪問看護、訪問介護、デイサービス等が関与して見守りを強化した。転倒歴があり、夜間の呼吸苦や不安が増強すると「施設に入りたい」「家で倒れたら怖い」と発言する一方、症状が落ち着くと「やはり家がよい」と語るなど意思は揺れ動いた。家族は遠方で支援量に限界があり、本人の希望尊重と安全確保の間で意見が分かれた。支援者側も、急変時対応やサービス調整を進めながら、在宅継続の妥当性に迷い、多職種カンファレンスで方針確認を繰り返した。その後、訪問介護時に呼吸停止の状態で発見され、医師により自宅での死亡が確認された。
【考察】本人の意思は固定的ではなく、その時々の身体症状、孤独感、不安に影響されて変化していた。この揺らぎを一貫性の欠如として捉えるのではなく、苦痛の表出として理解し、安心感を高める関わり(症状緩和、連絡体制の明確化、緊急時の選択肢提示)が意思表明を支えると考えられた。一方で、「自宅で最期を迎えた」という結果のみで本人の意思やQOLが十分に満たされたと判断することは難しい。支援者は、誰の意思を、どの時点の言葉として受け止めたのかを共有し、記録に残しつつ、状況の変化に合わせて繰り返し確認するなど、意思決定支援を継続する姿勢が求められる。