講演情報
[SY08-2]僧医が考える、今『ACP』に求められるもの~遺族へのアウトリーチ型のグリーフケアを通して~
田中 善啓 (医療法人善光会 田中医院)
2010年 京都府立医科大学卒業
2013年 京都第二赤十字病院 外科
2015年 京都府立医科大学付属病院 消化器外科 後期専攻医
2018年 田中医院院長就任
2019年 光明院住職就任 現在に至る
2013年 京都第二赤十字病院 外科
2015年 京都府立医科大学付属病院 消化器外科 後期専攻医
2018年 田中医院院長就任
2019年 光明院住職就任 現在に至る
医療の現場では大きな変化が起きている。医師による一方的な意思決定、エビデンスのみに基づく意思決定の時代が終わり、患者の人生観や死生観を踏まえた、対話に基づく意思決定の時代が到来した。生命予後のみを重視する医療から、生の質(QOL)そして死の質(QOD)を重視する医療が求められている。
筆者は、訪問医療も行う内科のクリニックの院長と、光明院という寺院の住職を兼任しており、『僧医』として活動している。医療者として、また宗教者として、これらの変化に向き合ってきた。活動の一例として、看取り後の遺族に向けてのアウトリーチ型のグリーフケアを挙げる。訪問診療による看取りの後、概ね患者の死後一か月以内に、宗教者として遺族宅を弔問し、読経を行い、遺族の話を傾聴する。傾聴の場で出てくる話の中には、患者の死直前の重要な選択に関する後悔や疑念に関する話がでてくることも多い。ACPの普及推進により、治療方針の重要選択を家族が行うことが増えた分、患者の死後に選択の責任を感じ、心の重荷となっているケースが散見される。宗教行為や傾聴を通じて、遺族の感情に寄り添い、グリーフケアを行っていくが、グリーフが大きい場合には継続して弔問を行うこともある。
遺族との関わりを重ねることにより、筆者自身のACPへの取り組み姿勢にも変化が現れた。患者本人の、時として家族自身の死生観を深く探求するACPは、患者の死後遺族の心の負担にもなりうるからこそ、より慎重で特有の配慮が求められているのである。
本発表では、患者の死後に宗教者として遺族に関わった経験を通して、遺族のグリーフの軽減も意識したACPの在り方(治療意思決定のプロセスや患者本人・家族との関わり)を再考する機会としたい。
筆者は、訪問医療も行う内科のクリニックの院長と、光明院という寺院の住職を兼任しており、『僧医』として活動している。医療者として、また宗教者として、これらの変化に向き合ってきた。活動の一例として、看取り後の遺族に向けてのアウトリーチ型のグリーフケアを挙げる。訪問診療による看取りの後、概ね患者の死後一か月以内に、宗教者として遺族宅を弔問し、読経を行い、遺族の話を傾聴する。傾聴の場で出てくる話の中には、患者の死直前の重要な選択に関する後悔や疑念に関する話がでてくることも多い。ACPの普及推進により、治療方針の重要選択を家族が行うことが増えた分、患者の死後に選択の責任を感じ、心の重荷となっているケースが散見される。宗教行為や傾聴を通じて、遺族の感情に寄り添い、グリーフケアを行っていくが、グリーフが大きい場合には継続して弔問を行うこともある。
遺族との関わりを重ねることにより、筆者自身のACPへの取り組み姿勢にも変化が現れた。患者本人の、時として家族自身の死生観を深く探求するACPは、患者の死後遺族の心の負担にもなりうるからこそ、より慎重で特有の配慮が求められているのである。
本発表では、患者の死後に宗教者として遺族に関わった経験を通して、遺族のグリーフの軽減も意識したACPの在り方(治療意思決定のプロセスや患者本人・家族との関わり)を再考する機会としたい。
