講演情報
[SY08-3]在宅医療における終末期ケアの再考
―失いながら生きる私たちが、互いを支え合う場をどう育てるかー
光田 栄子 (かとう内科並木通り診療所)
2000年 岡山大学大学院障害児教育学専攻修士課程終了
2000-2005年 特別養護老人ホーム(介護士)勤務
2013年 岡山大学医学部医学科卒業
2013-2018年 諏訪中央病院初期研修・家庭医療プログラム専攻終了、緩和ケア科スタッフ
2019年- かとう内科並木通り診療所で勤務 現在副院長
2000-2005年 特別養護老人ホーム(介護士)勤務
2013年 岡山大学医学部医学科卒業
2013-2018年 諏訪中央病院初期研修・家庭医療プログラム専攻終了、緩和ケア科スタッフ
2019年- かとう内科並木通り診療所で勤務 現在副院長
在宅医療で関わる「人生の最終段階」は、患者にとっての終末であると同時に、家族にとっては「大切な人を失う」という生涯に残る体験でもある。その経験に立ち会う者として、私たちは、その後の家族の歩みにどう手を添えることができるのだろうか。あるいは、その先を見越したケアは可能なのだろうか。
当院では、看取り後もご遺族との関係を断たず、追悼会や茶話会を呼びかけ、ボランティア活動への参加を促すなどの関わりを続けてきた。その実践を地域に開いた形として、グリーフケアの拠点「なみきのヨリドコ」を立ち上げた。ここは、語り、患者を悼み、ともに悲しみ、懐かしむ場である。数か月前に母を看取った患者の娘は、「母の死に立ち会えなかった自分は選ばれなかったのだ」と苦しんでいたが、時間を経て「母は私につらい場面を見せたくなかったのでは」と語った。ともに故人を思い出す中で、その経験は新たな意味を帯びていった。ヨリドコは、喪失体験を語り直し、人生の物語として編み直す場となり得ることを実感している。
もう一つ、私はその語りの中で、自分自身が癒やされていることに気づいた。診察室では脱ぎきれない“医療者”という鎧を下ろし、一人の悼む者として家族とともに悲しみ、かつての自分の言葉が与えた影響に「ごめんなさい」と素直に謝る。鎧を脱いだ時間は、悲しみも罪悪感も喜びも、素直に語ることを許してくれた。この場に立ち現れるのは、専門職が支えるのではなく、人が人として支え合う「コンパッション・コミュニティ」である。在宅医療は、死で終わらない関係性を地域に編み込む実践となり得る。本発表では、この二つの軸から、その可能性を考察する。
当院では、看取り後もご遺族との関係を断たず、追悼会や茶話会を呼びかけ、ボランティア活動への参加を促すなどの関わりを続けてきた。その実践を地域に開いた形として、グリーフケアの拠点「なみきのヨリドコ」を立ち上げた。ここは、語り、患者を悼み、ともに悲しみ、懐かしむ場である。数か月前に母を看取った患者の娘は、「母の死に立ち会えなかった自分は選ばれなかったのだ」と苦しんでいたが、時間を経て「母は私につらい場面を見せたくなかったのでは」と語った。ともに故人を思い出す中で、その経験は新たな意味を帯びていった。ヨリドコは、喪失体験を語り直し、人生の物語として編み直す場となり得ることを実感している。
もう一つ、私はその語りの中で、自分自身が癒やされていることに気づいた。診察室では脱ぎきれない“医療者”という鎧を下ろし、一人の悼む者として家族とともに悲しみ、かつての自分の言葉が与えた影響に「ごめんなさい」と素直に謝る。鎧を脱いだ時間は、悲しみも罪悪感も喜びも、素直に語ることを許してくれた。この場に立ち現れるのは、専門職が支えるのではなく、人が人として支え合う「コンパッション・コミュニティ」である。在宅医療は、死で終わらない関係性を地域に編み込む実践となり得る。本発表では、この二つの軸から、その可能性を考察する。
