講演情報
[SY20-5]リハビリテーションは終末期がん患者の生きる希望を支える
宇野 さつき (ファミリー・ホスピス株式会社 品質管理部)
1990年千葉大学看護学部看護学科卒業。
2005年兵庫県立看護大学大学院看護学研究科修士課程修了。
未熟児から高齢者、病棟、外来、教育現場、在宅医療と様々な場で働き、3人の子育てをしながら、2006年にがん看護専門看護師の認定を受ける。
2006年2月~2020年3月 新国内科医院看護師長
2020年4月~ファミリー・ホスピス株式会社に所属
2021年6月~ファミリー・ホスピス神戸垂水ハウス ホーム長
2026年3月~ファミリー・ホスピス株式会社 品質管理部マネージャー
がん患者のみならず、難病や認知症や様々な疾患の患者家族の在宅療養支援に関わっている。
2017年佐川財団SGH看護特別賞受賞 2019年兵庫県看護功績賞受賞
2005年兵庫県立看護大学大学院看護学研究科修士課程修了。
未熟児から高齢者、病棟、外来、教育現場、在宅医療と様々な場で働き、3人の子育てをしながら、2006年にがん看護専門看護師の認定を受ける。
2006年2月~2020年3月 新国内科医院看護師長
2020年4月~ファミリー・ホスピス株式会社に所属
2021年6月~ファミリー・ホスピス神戸垂水ハウス ホーム長
2026年3月~ファミリー・ホスピス株式会社 品質管理部マネージャー
がん患者のみならず、難病や認知症や様々な疾患の患者家族の在宅療養支援に関わっている。
2017年佐川財団SGH看護特別賞受賞 2019年兵庫県看護功績賞受賞
がん治療が限界となり予後が限られてくると、多くのがん患者が「できるだけ住み慣れた自宅で過ごしたい」「でも、できるだけ家族には迷惑をかけたくない」と語る。自宅で療養することは「がん患者」としてだけではなく、病気を持ちながらも暮らしていく「生活者」としての自分を取り戻すことになる。
しかしがん患者のみならず、老化や病状進行に伴い旅立ちが近づいてくると、日常生活を送る中で様々な喪失体験を味わうことになる。これまで当たり前にできていたことができなくなることは、住み慣れた自宅にいるからこそ、より現実として受け止めざるを得ない状況になる。「家族内での役割が果たせない」「動けない私には生きている意味がない」「何のために生きているのか」といった辛さを体験する患者も少なくない。
訪問診療や訪問看護は状態観察や症状緩和だけでなく、療養生活を支えるための環境調整なども行うが、患者の「苦痛」に焦点が当たりやすい。一方リハビリテーションは、「にもかかわらず」の「できること」「やれること」に焦点を当てることになる。それは自己コントロール感を失いかけている患者にとって、心強いサポーターに他ならない。訪問リハビリテーションであれば、マンツーマンで、自分の生活空間の中でどのように過ごせるかを丁寧に個別指導してもらうことができる。デイサービスやデイケアでは、リハビリテーションだけでなく、かかわるスタッフやほかの利用者との交流を通して、新たな社会の中での役割を見出すこと、お互いが分かり合えるぴあサポートとして一緒に頑張る仲間ができる。
リハビリテーションは、病気や障害を持ちながらも、様々な喪失の中でも、最期まで日々生きていくことを支えてくれる。包括的な緩和ケアアプローチを行う上で、リハビリテーションは欠かせない存在だと考える。
しかしがん患者のみならず、老化や病状進行に伴い旅立ちが近づいてくると、日常生活を送る中で様々な喪失体験を味わうことになる。これまで当たり前にできていたことができなくなることは、住み慣れた自宅にいるからこそ、より現実として受け止めざるを得ない状況になる。「家族内での役割が果たせない」「動けない私には生きている意味がない」「何のために生きているのか」といった辛さを体験する患者も少なくない。
訪問診療や訪問看護は状態観察や症状緩和だけでなく、療養生活を支えるための環境調整なども行うが、患者の「苦痛」に焦点が当たりやすい。一方リハビリテーションは、「にもかかわらず」の「できること」「やれること」に焦点を当てることになる。それは自己コントロール感を失いかけている患者にとって、心強いサポーターに他ならない。訪問リハビリテーションであれば、マンツーマンで、自分の生活空間の中でどのように過ごせるかを丁寧に個別指導してもらうことができる。デイサービスやデイケアでは、リハビリテーションだけでなく、かかわるスタッフやほかの利用者との交流を通して、新たな社会の中での役割を見出すこと、お互いが分かり合えるぴあサポートとして一緒に頑張る仲間ができる。
リハビリテーションは、病気や障害を持ちながらも、様々な喪失の中でも、最期まで日々生きていくことを支えてくれる。包括的な緩和ケアアプローチを行う上で、リハビリテーションは欠かせない存在だと考える。
