セッション詳細

ポスト学習時代の認知科学:汎化可能な学びの展開

2026年9月2日(水) 16:10 〜 18:10
1階 OS会場2(BNC103)
オーガナイザー:日高 昇平(北陸先端科学技術大学院大学)、小森 政嗣(大阪電気通信大学)、清水 裕士(関西学院大学)、高橋 康介(立命館大学)、布山 美慕(立命館大学)
学習は、心理学、神経科学、認知科学の基礎的な研究対象の一つであった。しかし、昨今の機械学習の技術的な発展や社会での応用に見て取れるように、すでに学術的な基礎研究の手を離れ、産業界での研究開発のフェーズへと移りつつある。学習に関する基礎研究の必要性はこれからもなくならないと考えられる。しかし、基礎研究の軸足は、学習だけでは説明が困難な認知過程へと移ると予想される。本企画では、そのような過渡期にあたる現在を「ポスト学習時代」と呼び、学習のみではまだ実現や説明ができない“次に解明すべき認知過程”に向けた方向性を模索すべき状況だと捉える。そのような認知過程に関連するキーワードとして、理解、洞察、創造性、多義性、発達、推論、意図、意識、統合性、全体性など(これらに限定しない)が挙げられるだろう。

昨年のJCSS2025でのOSに引き続き、本OSでは、“学習の次”に研究すべきと考えられる認知過程に焦点を当て、次世代の認知科学研究の方向性を考える内容とする。今年は特に学びの一般化、転移、あるいは発達に焦点を当てる。この分野において長年研究されてきた研究者をお招きし、それらの研究を踏まえて、今後の認知科学研究の方向性を議論する。

OS3-2-1:発達と熟達過程における記号接地とアブダクション推論の役割
今井むつみ (慶應義塾大学・名誉教授、今井むつみ教育研究所所長)
人間の子どもは、言葉を覚えるときにまず、ことばを身体に接地させる。「ミルク」「パン」などのことばは、定義を覚えるのではなく、五感全てを使って対象を経験し、ことばと紐づける。しかし、ことばと概念の一事例を対応付けただけでは概念の意味は習得することができない。そこから推論の連鎖によって、一つの対象についての経験を拡張し、その単語を適用できる対象の範囲を推論する。範囲を決めることは、同じ領域のことばすべてと当該のことばとの境界を定めることに他ならない。つまり、個々の単語を超えて語彙を大局的に捉え、それぞれの単語を全体の中に位置づけ、他の単語と関係づける。こうして子どもは単語の「意味」を発見していく。言語を習得する子どもは、単語を外界の対象に接地させ、語彙全体の中に位置づけ、他の単語たちと関連づけながら語彙の体系を構築していく。言い換えれば、知識の体系を習得するということは、局所的な要素知識の学習が、局所の変化に終わらず、知識システム全体の学習となっている。
このような言語習得のしかたを、統計学習だけでは説明するのは難しい。言語習得を駆動しているのは、アブダクション推論という人間特有の推論形態であり、これはAIが行う統計的帰納推論と大きく性質が異なるものである。アブダクション推論は、直接観察できないメカニズムや因果関係を自分のもつ知識を使い、もっとも蓋然性の高い可能性を吟味した上で仮説を考える推論する、科学の思考の中核になる思考である。「仮説形成推論」という邦名が示すとおり、アブダクション推論で行うのは仮説の形成であるが、仮説はあくまでも「仮の説明」であって、いつも正しいわけではない。正しい仮説の中にも質の高いものから低いものがあり、よいアブダクション推論ができるということは熟達者の特徴である。熟達者はまた、状況によって臨機応変に最適なパフォーマンスができるという特徴をもつ。つまり質の高いアブダクション推論が生み出すのは応用が利く知識であり、その先にあるのは、創造性である。人間の超一流の熟達者は、現状での知識やパフォーマンスを逸脱して、知識を拡張し、これまでになかった世界を作り出す。
では、AIは創造性を持ちえるだろうか。持ちえるとしたらその創造性とは各分野の超一流の熟達者の創造性と同質のものでありえるのだろうか?本発表では、人間の行う、アブダクションを中核にした学習とAIが行う統計的帰納による学習を比較し、両者がどのように異なるのかを考察するとともに、様々な分野の一流の熟達者のアブダクション推論が初学者のそれとどのように異なるのか、アブダクション推論の力はどのように高めていくことができるのかを、記号接地という概念をキーワードとして、発達と熟達という二つの過程を軸に考察する。またそれによって、人間の教育においてAIをどのように活用するべきかという問題を考えたい。

OS3-2-2:「次の学習」研究としての知識創造モデル
白水 始(国立教育政策研究所・一般社団法人教育環境デザイン研究所)
本OSは「『学習の次』に研究すべきと考えられる認知過程に焦点を当て、次世代の認知科学研究の方向性を考える」ことを目的とするとうかがった。「学習」科学研究者として、ここでの「学習」の捉え方を吟味すると、それは例えばPaavola et al. (2004)の整理した学びの三つのモデル―「獲得」「参加」「知識創造」―のうちの「獲得モデル(メタファ)」、すなわち、知識を個人の頭の中に移すことや技能を身につけることを学習と考えるモデルに沿っているものと見なせる。これは、人工知能研究がその機序をニューラルネットに変えようが、基本的に学習を「一つの定まったゴールを個人(個体)が達成するもの」と見なしていることの表れだろう。逆に学習をせめて共同体への参加と捉えるような「参加メタファ(社会的学習)」の視点がもしあれば、現在のように正統的周辺参加し得たはずの初心者がAIに仕事を奪われ行き場をなくすといった事態は避けられただろう。このように「学習」のモデルには、まだまだ人工知能研究に参照可能な余地がある。当日は特に「知識創造モデル」を中心に「次の学習として研究すべき認知過程」に焦点化した議論を行いたい。

OS3-2-3:運動発達の経路としての転移可能性
鳥居拓馬(東京電機大学)
生物の身体は発達する.成長や劣化を伴う.この事実を認めるなら,運動制御を生物が自らの身体を操る問題解決と捉えるとき,生物の身体は運動課題の定義の一部となり,運動制御とは本来的に課題そのものが動的に変化するものとなる.この見方は,制御対象である身体を発達しない “静的なもの”とみなす運動学習の見方と対比される.本発表では,発達的視点から拡張された運動制御の捉え方を提示する.その上で,運動発達の経路としての転移可能性を論じる.