講演情報

[PL]一つの手術がもたらした化学反応

船橋 公彦 (東邦大学医学部外科学講座一般・消化器外科学分野)
PDFダウンロードPDFダウンロード
1986年(S61)に東邦大学を卒業し,当時,一般・消化器外科,呼吸器外科,心臓・血管外科,乳腺・内分泌外科を抱える大講座であった東邦大学医学部第一外科学講座に入局した.入局後,大学病院で術者として経験できる手術といえば,胃潰瘍,鼠経ヘルニア,肛門疾患であり,多くの先生に熱い指導を受けた.中でも小さな術野の中で根治性と整容性が求められる肛門の手術は私にとって本当に難しく,大腸・肛門外科の柳田教授にお願いし,半年ではあるがICUローテーション期間中の外勤日を松島病院に当てて手術見学をさせていただいた.エキスパートが手掛ける肛門手術はまさに凄く,根治性と整容性のバランスのすばらしさに感銘をうけたことも覚えている.このような経緯もあって,研修後は大腸・肛門外科医としての道を歩むことに決めた.
 1999年に主任教授である吉雄敏文先生が退任されて,慶応大学から寺本龍生先生が教授としてみえた.当時は,現在とは異なって開腹・拡大手術が主流の時代であったが,着任早々に「これからは,腹腔鏡下手術の時代です.早々に慶応にいって手術を習得してきなさい.」と命を受けた.正直言って,すべてが一からのスタートであり,腹腔鏡下手術に対する大きな不安と小さな期待の気持ちを抱えながら約1年間渡邊昌彦先生のもとで腹腔鏡手術のいろはについてご指導をいただいた.また,寺本教授が積極的に取り組まれていた経肛門的操作先行の肛門温存術(ISR)に出会ったのもこの頃であった.直腸癌の手術は,大学でそれなりに経験していたものの,肛門から先行して癌の根治性を保ちつつ括約筋の温存をはかる斬新なアイデアは,私にとってまさに衝撃的であった.これ以後,私の大腸・肛門外科医としての人生はこの手術とともに歩むことになった.下部直腸癌に対するセンチネルリンパ節同定の意義,ISRを通しての大腸癌プロジェクト研究への参加,肛門操作を先行させた腹腔鏡下手術の妥当性,そしてISR術後の排便障害に悩む患者への対応など,様々な課題が自分の中に山積みとなった.課題への取り組みは正直言って大変苦労はしたが,この取り組みを通して人間的に成長できたし,何よりもこの領域で著名な先生方にご指導いただけたことは,まさにこの手術の賜物と思っている.ISRの手術件数も増加し,外来で多くの患者のfollow upを重ねていくにつれ,身をもってISRの術後排便障害の重篤さを知ることになった.ISRの術後排便への影響の実態を知りたく日本ストーマ・排泄リハビリテーション学会のプロジェクト研究に応募した.全国アンケートから得られた結果は,まさに衝撃的で,ISRにかかわった者として外科医に広く知ってもらう必要があると痛感し,数々の学会に報告した(幸い?なことに,日本消化器外科学会から優秀論文賞をいただくことができた).また,ISR術後の排便障害に悩む患者を通して,患者に寄り添う態度と気持ちの重要性をWOCからも教わり,排泄障害に悩む患者への日本ストーマ・排泄リハビリテーション学会の活動の真髄も共有できた気がする.
 今や肛門温存術の選択肢の一つとなったISRではあるが,大腸・肛門外科医としてこの術式の普及の一役(?)に関われたことに大変幸せな事だと感じている.2018年7月から大森病院の副院長となり,教室責任者と執行部の2足の草鞋を履くことになったが,今年になってその大役も御免となった.会長講演では,手前味噌ながら,若い先生へのメッセージを含め一人の大腸・肛門外科医として歩んできた話を紹介させていただきたい.