講演情報

[EL7]次世代につなぐ骨盤拡大手術のコツとピットフォール

上原 圭 (日本医科大学付属病院消化器外科)
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消化器外科手において,拡大手術で完全切除による根治を目指すのが外科医の醍醐味かつ花形であった昭和から平成初期の時代から,内視鏡外科手術で如何に美しく機能温存手術を行うかに外科医の注目は移りつつある.しかし,薬物療法や放射線治療の目覚ましい発達にも関わらず,拡大手術でしか治癒を見込めない患者は未だ存在する.すべの外科医が習得する必要性はないが,各地域に拡大手術に精通する外科医の存在は患者にとって必要不可欠である.拡大手術では,長時間手術,多量出血,高い術後合併症率などリスクは高く,一方でそれに見合う確実な予後改善が約束されない事は少なくはない.昨今のリスク回避の気運の中で,拡大手術現場は長時間労働,訴訟のハイリスクなど4K職場であり,施設もこうした手術を敬遠する傾向にある事はやむを得ない.しかし,必要とする患者のために,誰かが使命感を持ち,安全で確実な拡大手術を習得・伝承しなければならない.
無作為ランダム化試験(RCT)全盛の時代,手術治療においては,より低侵襲な治療の非劣勢を示すためのRCTが数多く行われ,拡大手術の多くがその意義を否定され,標準的な治療の場から消え去ったこれは拡大手術をルーチンとして行うべきでない事を示したものであるが,必要であろう患者に対しても否定的な意見を持つ外科医も増えている.一方,拡大手術が日常臨床から激減したことで,若手外科医が拡大手術に参加し術後管理を行い,その効果・合併症を肌身で感じることは難しい現状となっており,若手外科医への継承をどのように行っていくかは大きな課題である.内視鏡外科手術の普及は,映像記録に残しにくい従来の開腹手術と異なり,術者と助手・見学者が全く同じ画面を共有でき,手術教育の観点から画期的な変化であった.またビデオは後から何時でも誰でも復習する事が可能で,手術の手順や技術のみならず,詳細な外科解剖の教育にも極めて有用である.
骨盤拡大手術では,胸部や上腹部の拡大手術と大きく異なり大量出血や激烈な感染性合併症さえ回避できれば,命を落とす危険は少ない.一方で,排便・排尿・性機能,歩行といったQOLに関わる機能障害が残る事は少なくなく,人工肛門,人工膀胱が受け入れられないという患者も散見する.それは当然のことであり,骨盤拡大手術では,治癒や予後延長の可能性というメリットだけでなく,術後合併症のリスクに加え,機能障害のデメリットを理解し,患者に伝えることは極めて重要な事である.
骨盤拡大手術の適応や術式を考える上で,病気の拡がり,患者の意思,施設・術者の経験と技量,この3つが大きな柱となる.特に超拡大手術では,患者の“どんな苦しい思いをしても治癒したい・長期生存したい”,“是非この手術を受けたい”という強い気持ちが絶対条件であり,手術を少しでも躊躇う患者に無理に勧めることは絶対にすべきでない.また,患者の強い希望があっても,その術式の遂行の可否につき,自身・自施設の技量と経験を客観的に評価することが大切である.“大きな合併症を起こさず安全・確実に手術を施行できる”という事が極めて重要であり,結果的に非根治手術となったり,重大な合併症を引き起こせば,患者の人生やQOLを損なうことに繋がりかねない事を十分に理解すべきである.
拡大手術の教育・伝承は容易ではない.手術は誰にでもラーニングカーブは存在するが,一方で,患者にとっては人生を賭けたやり直しの利かない大勝負になる.十分に手術のコンセプトや解剖を理解し,必要な手術手技を習得した外科医が,指導医の下学ぶべきである.手術は技術よりもコンセプトが重要であり,コンセプトのない手術は全く意味をなさない.コンセプトは実際の手術や本・ビデオを見て話を聞いて学べるし,剥離や血管露出などの技術はドライラボ・アニマルラボ・他の手術でも習得可能である.すなわち,手術のコンセプトと技術は別々に習得可能であり,その手術を“やらなければ学べない”訳では決してない.一方で,指導するものは常に自分のコンセプトが見ている若手に伝わるような手術を行うのが責務であり,手術中に自分の考えを話しながら行うことが望ましい.長時間に及ぶ手術となっても,助手が早く終わってくれと思われぬよう,心して臨むべきである.