講演情報

[SP1-2]中堅の女性大腸外科医からみたジェンダー格差のリアルとその乗り越え方

関口 久美子1, 松田 明久2, 香中 伸太郎2, 山岸 杏彌3, 山田 岳史2, 小林 美奈子4, 谷合 信彦1, 吉田 寛2 (1.日本医科大学武蔵小杉病院消化器外科, 2.日本医科大学付属病院消化器外科, 3.日本医科大学千葉北総病院外科・消化器外科, 4.日本医科大学武蔵小杉病院感染制御部)
PDFダウンロードPDFダウンロード
近年,外科医を志す医学生や若手医師が減少し,外科医不足が深刻な状況が続いている.厚生労働省のデータでは,他の診療科と比較すると,内科系診療科だけでなく,同じく外科系である呼吸器外科・心臓血管外科・泌尿器科・産婦人科などは一律に増加傾向なのに対し,消化器・一般外科は唯一減少している.2022年には,外科医の約半数を50歳以上が占めており,外科医の高齢化が進んでいる.消化器外科医の数は10年後には現在の4分の3,20年後には現在の半分にまで減少することが予測されている.
今後,女性医学生の増加が見込まれ,医師国家試験の合格率も女性の方が高く,2022年12月末の時点で,女性医師が最多を更新し,初めて8万人を超えた.人材不足が続く外科の明るい将来には,女性外科医の増加とその後のキャリアアップが重要である.
私自身の経験としては,消化器外科入局後,食道や肝胆膵領域の手術の経験数が他医局員と比べ少なく,消化器外科専門医の申請に必要な症例数がぎりぎりだった.同期の方が経験症例数が多く,自分はスキルアップできていないと悩み,悔しさと虚しさを抱いていた.女性特有のライフイベントである妊娠・出産・育児が,外科医としての重要な修練期間と重なった場合,休職を経て臨床現場に復帰し,このような困難を乗り越えて技術を再習得しキャリアアップを図ることは身体的にも精神的にも容易でなく,外科医継続を断念する女性医師は多いだろう.
女性の手術における問題として,一般的に女性は男性より握力が弱く,手が小さく,体格が小さいという身体的特徴があるため,手術台やモニターの位置が合わず,デバイスが扱いづらい.大腸外科医である私が最も苦労しているデバイスは自動吻合器である.そこで,見えない負担を可視化するために,自動吻合器の使用前後での疲労・ストレスを測定する実験を行った.自動吻合器の使用により,疲労レベルが使用前の約2倍に上昇した.男女別では,男性は使用前後で疲労レベルに差を認めないが,女性は疲労レベルが約3倍と大きく上昇した.よって,同じ腸管吻合でも,男性に比べ女性はより多くストレスがかかることが分かった.電動の吻合器では使用前後で疲労レベルの変化がみられなかったため,電動を使用することでストレスが改善されるだろう.
本邦においては,女性外科医に対して男性と同等の機会が与えられていないことが浮き彫りとなっているが,NCDデータを用いた約8万例の直腸癌に対する低位前方切除術症例の解析で,外科医性差による術後合併症率,死亡率に差がないことが報告されている.これを自施設データで証明することが大事だと考え,当科で待機的に行われた腹腔鏡下大腸癌手術379例を対象とし,女性執刀群(F群)と男性執刀群(M群)に分けて検討した.F群はM群に比べ,右側結腸症例が有意に多かった(p<0.01).術後合併症発生率は,F群36.4%,M群32.8%で有意差を認めず(p=0.73),5年OSはF群84.1%,M群81.8%(p=0.69),5年RFSはF群 82.9%,M群85.3%(p=0.65)と両群間に有意差を認めなかった.
また,重症例や集中治療を要することの多い緊急手術における執刀医の性差についての報告は少ない.当科で行われた緊急手術453例を対象とし,F群とM群に分けて比較検討した.女性外科医の執刀症例は,虫垂炎が約半数を占め,消化管穿孔や腸管虚血といった重症例は男性医師が多く執刀し,性別による執刀症例の偏りがみられた.Propensity score matching後に比較検討すると,術後合併症発生率はF群34.6%,M群32.1%(p=0.87),術後死亡率はF群1.3%,M群3.8%(p=0.62)と両群間に有意差を認めなかった.
近年では,男女共同参画についての学会でのセッションが増えており,医師の働き方改革とともに関心の高さが窺える.このような話題に女性医師からの圧や自我の強さを感じて嫌悪感を抱く医師は多いだろう.しかし,男性だけでなく女性もその身体的な違いや機会不均衡である現状,治療成績の差がないことを理解した上で,そのバイアスを是正するためにデバイスの工夫や環境の改善を複合的に遂行することで,状況の変化が望めると考える.