講演情報

[SY18-01]救急医のキャリアパス    
~わが<アホなる>人生、中村哲 医師との出会い~

*小林 晃1 (1. 宮上病院非常勤医師)
救急医療に携わった私のキャリアを述べ、若い人たちに「自分の夢を貫き通していただきたい」ということを伝えたい。私は学生時代にパキスタン・ペシャワールでハンセン病の診療を行っている中村哲医師を訪ね、驚き、憧れた。妻と幼子二人を連れてパキスタンに赴任。周囲は猛反対。「何考えてんねん。アホとちゃうか」。アフガン難民・ハンセン病患者の医療に没頭した。2001年同時多発テロが起こり、現地の緊張感の高まりから志半ばで四年間の現地活動を終えた。失意のうちに帰国後、人生に迷いが生じた。徳之島での診療を行いながら哲学書を読み漁り、坐禅を実践。四国遍路の旅にもでかけた。これまでの臨床経験を世に発信しようと突然目覚め、臨床論文11本が採用された。この中にはNEJM、CMAJ、感染症学雑誌などの著明医学雑誌に採用された論文も含まれている。ペシャワールから帰国後の人生を振り返ると、迷いながらもいくらか自由に生きることができ、それなりに人生のやり直しができた。しかし、胸の奥に釈然としない「わだかまり」を抱えながら徳之島で臨床医を続けていた。2019年、中村医師は凶弾に斃れた。先生亡き後、先生の著書すべてを繰り返し読んだ。「一隅を照らす」という言葉に出会った。「おかれた時と所で『自分にとって良いことではなく、目の前にいる患者さんにとって良いことは何なのか』という目を持ち最善をつくす」という医師として当たり前のことを実践すればよいのだ、ということに気づいた。若い人たちへの中村医師の一言。「目先の利害にとらわれず、身をもってよいと思うことをどんどんやっていただきたい。これは若者の特権です。間違ってもやり替えがきく。恐れずに正しいと思うことを貫くことです」。救急医は特に「やり直し」が容易にできる。「わが<アホなる>人生・中村哲医師との出会い」(石風社)を上梓した。この中に講演内容の詳細が述べられている。