講演情報
[SY4-04]同一教室8隊のリレーで展開した避難所医療支援
*上村 浩貴1,2,3、溝渕 大騎1,2、重田 健太1,2、恩田 秀賢1,2、岡田 一郎1,2、中江 竜太1,2、増野 智彦1,2、布施 明1,2、横田 裕行4、横堀 將司1,2 (1. 日本医科大学 救急医学教室、2. 日本医科大学付属病院高度救命救急センター、3. 会津中央病院救命救急センター、4. 日本体育大学大学院 保健医療学研究科)
【背景】令和6年能登半島地震において同一教室から連続派遣した計8隊の医療チームによる避難所支援を経験したのでここに報告する。
【派遣経緯】1 月 2 日に日本医科大学救急医学教室と全日本病院協会の協議の結果 AMAT 先遣隊の派遣が決定した。参集場所は七尾市の恵寿総合病院であった。
【活動】恵寿総合病院職員と協議し、関連介護施設巡回の後、能登町小木地区の小木中学校避難所に応援に向かった。到着日には小木中学校には 700 名程度が生活されており、少ないスタッフで尽力されていたが、衛生環境面で課題があったため、救護所支援に加え避難所運営に医療リエゾンとして参画した。救護所は地元医師から引き継ぎ、24時間体制で救護所診療活動を行った。医療リエゾンとしては、水の調達や衛生行動のアナウンスを図り、DVTや感染症の予防に尽力した。1月4日夕方に最初のCovid-19陽性患者が発生し、以降徐々に拡大し隔離スペースが不足したため、帰宅条件を策定した。合計8隊による連綿とした活動により、当避難所における災害関連死は0件であった。
【結語】同一教室による密接な連携活動のリレーにより、有効な避難所支援を行うことに成功した。
【派遣経緯】1 月 2 日に日本医科大学救急医学教室と全日本病院協会の協議の結果 AMAT 先遣隊の派遣が決定した。参集場所は七尾市の恵寿総合病院であった。
【活動】恵寿総合病院職員と協議し、関連介護施設巡回の後、能登町小木地区の小木中学校避難所に応援に向かった。到着日には小木中学校には 700 名程度が生活されており、少ないスタッフで尽力されていたが、衛生環境面で課題があったため、救護所支援に加え避難所運営に医療リエゾンとして参画した。救護所は地元医師から引き継ぎ、24時間体制で救護所診療活動を行った。医療リエゾンとしては、水の調達や衛生行動のアナウンスを図り、DVTや感染症の予防に尽力した。1月4日夕方に最初のCovid-19陽性患者が発生し、以降徐々に拡大し隔離スペースが不足したため、帰宅条件を策定した。合計8隊による連綿とした活動により、当避難所における災害関連死は0件であった。
【結語】同一教室による密接な連携活動のリレーにより、有効な避難所支援を行うことに成功した。
