講演情報

[KSSY_03]動く手足と働くあたま、ねえ、これ以上なにが必要なの?

張本 浩平 (株式会社gene)
略歴(主な学歴・職歴)
1999年 名古屋大学医療技術短期大学部 理学療法学科 卒業
1999年 医療法人医仁会 さくら総合病院 リハビリテーション科 入職
2000年 名古屋大学医学部保健学科 理学療法学専攻 編入学
2000年 株式会社ジェネラス 入職、訪問看護ステーションにおける訪問リハ業務に従事
2007年 合同会社gene 設立 代表就任
2016年 株式会社geneへ組織変更 代表取締役就任
2026年 医療法人社団悠翔会 訪問リハビリテーション事業部 事業部長就任
関連資格
1999年 理学療法士免許取得
学術研究業績(主な論文・著書など)
2001年 「手術侵襲による炎症がラットの内頚静脈内の一酸化窒素濃度変化に及ぼす影響」『理学療法学』第28巻 Supplement 2(共著)名古屋大学学術機関リポジトリ
2002年 「臨床研究における痛みの評価方法―PAINにおける最近の傾向」『理学療法学Supplement』第29巻(共著)J-STAGE
2017年 「セミナーと出版事業を通した理念の実現」『理学療法ジャーナル』第51巻第11号 医学書院掲載資料
2018年 『訪問リハビリテーション完全マニュアル 第二版』共著、株式会社gene 出版社書籍情報
2019年 「リハビリテーションを『かたち』にする」『理学療法ジャーナル』第53巻第1号 医書.jp
2021年 『デイサービス個別機能訓練 計画&実践プログラムDVDブック』共著、日総研出版
関連領域社会活動
2004~2006年 愛知医科大学 痛み学講座 研究員
2006年~ 名古屋大学医学部保健学科 地域理学療法学 講義担当
2006~2020年 名古屋大学大学院医学系研究科 THPコース 講義担当
2009~2013年 公益社団法人日本理学療法士協会 代議員
2019~2020年 公益社団法人愛知県理学療法士会 理事, 名古屋大学・淑徳大学 非常勤講師
1999年に理学療法士免許を取得し、医療法人でリハビリテーション業務に従事した。翌2000年、名古屋大学医学部保健学科理学療法学専攻へ編入し、同時に訪問リハのアルバイトを始めた。
当時のぼくは、見事なまでにダニング=クルーガーな若手理学療法士だった。20代前半のぼくが、いま目の前に現れたなら、「目を覚ませ。そんなんで将来やっていけるのか」と、助走をつけて殴りにいくレベルである。
要するに、調子に乗っていた。
ぼくにとって「調子に乗る」とは、自信を持つことではない。与えられた環境や機会、人との出会いに感謝できなくなることである。動く手足も、働くあたまも、学べる場所も、支えてくれる人も、まるで最初から自分の所有物であったかのように錯覚していた。
しかし、それらは何ひとつ当然ではなかった。
実力も、運のうちである。人の能力など、配られたカードと、たまたま座った席と、そこで出会った人によって、いくらでも違って見える。ものすごい人とぼくたちの違いも、案外、誤差のようなものなのかもしれない。問題は、その差を自分だけの力だと思い込まず、与えられているものに気づけるかどうかである。
ただ、そのことを本当の意味で理解するには、時として、人生の景色が変わってしまうほどの悲しみを経験しなければならないのかもしれない。人は、失うまで、自分が何を持っていたのかを知らない。喪失は、それまで透明だった幸福に、残酷なほど鮮明な輪郭を与える。
動く手足と、働くあたまがある。ねえ、これ以上なにが必要なのだろう。
ぼくの歩みが、いま悩みの中にいるあなたのキャリアを考えるうえで、何かの参考になればとてもうれしい。ただ、間違いなく言えるのは、参考にはなっても、正解には絶対にならないということだ。キャリアとは、一過性、個別性、特異性を帯びた、二度と同じ条件では繰り返せない選択の積み重ねである。誰かの歩いた道をなぞっても、同じ場所にはたどり着かない。最後は、自分の人生として、あなた自身が決着をつけるしかない。
そう、だから今回は、ぼくが強くなった話ではなく、何を喪失し続けてきたのかの話をしよう。