講演情報

[KSSY_04]泥臭く、汗臭く、かっこよく

河合 眞哉 (Body Pioneer株式会社)
略歴(主な学歴・職歴)
2004年 国立東京病院附属リハビリテーション学院 理学療法学専攻 卒業
2003年 おゆみの整形外科クリニック 入職
2008年 薬丸病院 入職
2011年 Body Pioneer株式会社 設立
 私の父は事業を営んでおりましたが、私が中学2年生と高校2年生の時に倒産の危機に陥りました。特に高校2年生の時には、夜逃げの一歩手前まで追い込まれました。身を粉にして働く両親が、なぜ報われないのか。その悲しさと悔しさから「自分が稼ぐしかない。社長になる」と、中学2年生で起業を決意しました。
 同じ頃、学校で壮絶ないじめを受けていました。私がいじめを止めたことをきっかけに標的となり、靴を隠されたり、体操服を切り刻まれたり、無視されたりする日々が1年間続きました。助けて、逃げたいと思いながらも、働き続ける両親に負担をかけまいと一人で耐えました。この経験から、一人でやる覚悟と、仲間と歩む楽しさを知りました。それが、会社をつくり、仲間を増やしている原点にもなっています。
 理学療法士養成校では、入学直後の試験で12教科中9教科が赤点となり、落第が決まりかけました。しかし、担任の先生が必死にかばってくれました。その時初めて、人のために勉強しようと決意しました。卒業後はインソール技術を学べる整形外科に就職しました。ワークライフバランスを完全に無視した働き方でしたが、自分の夢に近づいていることを実感しながら働いていました。
 私は、30歳までに起業すると自分自身に約束しました。古く小さなアパートに住み、食パンと割引弁当で生活し、給与と賞与を貯めました。そして29歳11か月、1,000万円を超える貯金を元手に、リハビリ特化型デイサービスを起業しました。自分との約束を守れた時、初めて自分を信じることができました。
 しかし、起業から1年後、会社の通帳には20万円しか残っていませんでした。平日は現場、日曜日はセミナー運営。生まれたばかりの子どもに父親らしいことができず、苦しんでいました。会社経営では離職率が40%を超え、理想のリーダーだと思っていた自分の未熟さを突きつけられました。逃げたい。止めたい。でも、後戻りはできない、やるしかないと歩み続けました。その先で見つけた使命は、「人を幸せにする。困っている人を助ける」です。
 若手理学療法士の皆さんには、最初から正解を探しすぎないでほしいと思います。勇気とは、怖くないことではなく、怖さを抱えながら一歩を踏み出すことです。格好悪くても、迷っても、汗をかきながら進み続ける。やり続けた人にしか見えない景色があります。泥臭く、汗臭く生きることが、かっこいいと思っています。