学会長挨拶

行為のシミュレーション ~臨床を研ぎ澄ます~

これでいいのか?これ以上、回復は望めないのか?もっと良くならないのか?いつもリハビリテーションの臨床現場で自問自答している。我々、リハビリテーション専門家の真の治療対象は、運動や発話など日常生活の関連動作ではない。彼、彼女の行為なのである。

 行為とは “思慮・選択によって意識的に行われる行為(デジタル大辞泉)”であり、欲求と実行の確かさ(信念)による意図的な行動である。我々リハビリテーション専門家や人間科学の研究家は、障害を負った人間の行為を引き受ける。

 特に認知神経リハビリテーションでは、自由な行為を学習していくためにイメージや言語を利用して身体と環境を関係づける。さらに、行為を創発するためには、身体に特徴づけられた(身体化された)行為が目的に応じた(文脈化した)行為となり、身体と環境と時間が統合された行為へ、生きた認知 (ヴァレラ,2001) へと紡いでいく必要がある。Carlo Perfettiは治療的な代用物として運動イメージから行為のシミュレーションへの深化を考えた。そこで、自分の過去や現在などの自己の行為を比較する行為間比較という考えが生まれたのだろう。これは、Realに感じた私だけの経験を基にした、つまり、記憶にある自己を模倣すると捉えることができる。今までのように想像するだけの運動イメージや行為のシミュレーションではない。生きた、身体化された、自分だけの行為の経験を対象としている。行為のシミュレーションは人間の行為の回復を研ぎ澄ます。

 もう一度言おう、我々は彼、彼女の行為を引き受けているのである。歩くだけ、箸操作だけ、話すだけ、動作の結果だけに囚われない専門家である。動作の質や広がりを意識することで、障害を持った人間の自由が広がる。行為のシミュレーションを思慮することでその可能性が広がる。共に、討議して人間としてのリハビリテーションを進化させよう。

 “人間の世界が音や色や生命の世界と豊かな関係を築けるようなものになれば、リハビリテーションも、人々に愛を差し出すという、本来の意味を得ることができるのかもしれない(Perfetti,2021)”

 本学術集会では、リハビリテーションの臨床を進化させ、それぞれの臨床を研ぎ澄まし、本来のリハビリテーションへの希望が持てる時間を、皆さんと造っていきます。

第24回認知神経リハビリテーション学会学術集会
学会長 沖田学(愛宕病院)