講演情報

[I-PSY2-2]血流が生みだすシェアストレスから肺動脈性肺高血圧症に挑む

篠原 務1, 三谷 義英2, Rabinovitch Marlene3 (1.名古屋市立大学大学院 新生児小児医学, 2.三重大学大学院 小児科学, 3.スタンフォード大学 小児循環器科)
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キーワード:

肺動脈性肺高血圧症、シェアストレス、血管内皮細胞

「なぜ重症肺動脈性肺高血圧症(PAH)において血管収縮物質のエンドセリン1産生が亢進し、血管拡張物質の一酸化窒素産生が低下するのか。」血流が生みだすメカノストレスをスタンフォード大学の小児循環器医ラビノビッチ教授のもとで学び、幾度も目から鱗が落ちた。シェアストレス(Wall Shear Stress, WSS)とは血流が血管の最も内側に位置する血管内皮細胞(Endothelial Cells, EC)に与える「ずり応力」であり、血流と同じ方向に平行に力が働く。常に血流に晒されているECはこのWSSを鋭敏に感じ取り、血管収縮物質と拡張物質を巧みに調整して産生し、血管平滑筋(Smooth muscle cells, SMC)に受け渡して収縮と弛緩の舵を取り、血管径を調整させて自ら感じるWSSを15-20 dyn/cm2程度に一定にしている。WSSは血流速度や血液粘性度に比例し、血管径の3乗に反比例する。例えば運動により心拍出量が上昇し血流速度が増すと、血管径を広げてWSSを一定に保とうとECは血管拡張物質を多く産生する。一方で、血流を感じないECは、血管を開いておく必要がないため血管を収縮させるように働くのである。つまり冒頭の問いに対する答えは、大半の肺細動脈がすでに閉塞しており血流をECが感じていないためと理解できる。
では「なぜ、もともと血流を感じていた血管がPAHでは進行性に閉塞していくのか。」近年のシミュレーション医学の進歩により、左-右短絡を伴う先天性心疾患で生じる高肺血流そのものや、何らかの刺激に伴って肺細動脈の拡張が障害された状態では病的なほど高い100 dyn/cm2を超えるWSSが生じていることが示された。我々はその病的高WSS刺激がECに対して「内皮間葉転換」を引き起こし、ECがSMC様細胞に姿を変え増殖し、血管が閉塞していく現象とそのメカニズムを見出し報告した。今後は、根本的な原因はさまざまでも、PAHに共通する病的高WSSを感じ取る特殊なメカノセンサーに着目した新たな治療薬の開発を進めていきたい。