講演情報
[14-O-D002-02]短期記憶障害のある利用者への取り組み利用者視点に立ち、本人が本当に望む生活像の実現
*川角 朝美1 (1. 愛知県 介護老人保健施設あおみ)
短期記憶障害のある利用者について、利用者視点に立ち本人の不安を解決しようとケアに取り組んだが、結果として本人を混乱させることに繋がってしまった。そこで、本人が本当に望む生活像とはどんな生活だろうと考察し学びをふかめることができたので報告する。
【はじめに】
短期記憶障害のある利用者Aさんについて、利用者視点に立ち本人の不安を解決しようとケアに取り組んだが、結果として本人を混乱させることに繋がってしまった。そこで、本人が本当に望む生活像とはどんな生活だろうと考察し学びを深めることができたので報告する。
【事例紹介】
Aさん 女性 87歳 要介護4 アルツハイマー型認知症
Aさんは、短期記憶障害があり、「ご飯って何時に食べられるの?」「家に帰る日って決まっているの?」「今日は娘来る?」と本人が不安に思うことを短時間に何度も聞いてきては、スタッフもその都度、対応していた。業務の忙しい時間帯に何度も聞かれることがあり対応に苦慮していた。「聞いたかもしれないけど」と、申し訳なさそうに前置きする本人の心情を考えると、聞く前に自分で分かることができたら本人にとってもスタッフにとっても良いのではないかと考えた。
その中でも「食事がいつ食べられるか」の質問が多かった。そこで、食事の時間が自分で分かるようになったら、自信を持った生活が取り戻せるのではないかと考えた。
【ケア計画】
支援計画:「食事の時間の書かれた用紙と置時計を本人のテーブルに置き、自分で食事までの時間を把握できる」
目標:「食事の時間が自分で分かるようになり、自信を持った生活を取り戻したい」
期間:令和5年8月9日から9月5日
【実践経過・結果】
実践1週目、本人から「夕食は頼んであるよね?」と質問があったため、置時計を指し「今の時間分かりますか?」と聞くと答えることができた。食事の時間が書かれた用紙の夕食時間を読んでもらい、「ご飯まであと何時間ですか?」と質問すると分からなくなってしまった。
また、別の日は自ら時計を見て、今の時間を把握していたため、時間の書かれた用紙を見てもらうと、朝食から夕食まで読み上げている最中に現在の時間を忘れてしまっていた。食事の時間別に用紙を分けた方が良いかと検討している最中、本人は時間の書かれた用紙に固執していってしまった。
実践2週目、5分から10分間隔で、手を挙げスタッフを呼び、用紙を見せ「私が食事、頼んであるって分かっているよね?」「この時間に娘が来てくれるのかい?」と聞いてくることが増えてきた。また「お盆だから東京から親戚が来るから家に帰りたい」と、険しい表情で帰宅願望を強く訴えるようになってきた。車椅子移動だったが、立ち上がり歩こうとすることも増えてきた。食事の時間までを把握してもらうための物だったが、本人の不安を煽ってしまう物になってしまっていた。
実践3週目、カンファレンスで検討し置時計と時間の書かれた用紙を撤去することにした。また、落ち着いた状態を取り戻すため、支援計画を「不穏時に本人が落ち着ける効果的な声かけの内容を他スタッフと共有し統一した声かけをする」と変更した。
検討した声かけの内容は、本人は本当に娘が来ると思い込んでいて、今日はお盆で親戚が来るから家に帰って準備をしたいと思っているので、「娘さんは来ませんよ」「お盆は終わったので、親戚の方は来ませんよ」という声かけは受け入れられず、不信感が募る様子があった。効果的だったのは「娘の名前」や「生まれ育った所や嫁ぎ先の地名」に関することだった。その様な声かけをすることで、本人の興味を引くことができ、一時的でも穏やかに過ごすことができた。
他にも、同じ話しを繰り返すことがあった。それは、嫁ぎ先の父、母が厳しかったという話である。本人が強く記憶に残っていることに対して、共感することや褒めるような声かけ、人生の先輩としてアドバイスをしてもらえるような会話をすることが特に効果的だった。本人にとっては自分が頑張っていた頃を認めてもらえた、分かってくれたのだという安心感が得られたのだろう。
実践4週目、統一した声かけにより本人が落ち着きを取り戻すことができ、不穏な状態でいることは無くなった。
【考察】
本人が不穏になってしまった原因の置時計と食事の時間の書かれた用紙については、「時計を読む」「文章を読む」ということは理解でき、一つひとつの動作は行えたが、思考・判断能力の障害、実行機能障害があるため、連続して考えることができず、状況に合わせた判断ができなかったのではないか。それが本人を混乱させ、以前よりも強い不安となって現れてしまったと考えられる。
その後の統一した声かけでは、「娘の名前」や「なじみのある地名」、本人の話に共感することで安心感を得たり、本人が強く記憶に残っていることに対して褒めるような声かけや人生の先輩としてアドバイスをもらえるような会話をすることで、承認欲求が満たされ、本人の心のニーズと合い、精神的安定に繋がったのではないかと考察した。
【まとめ】
利用者視点に立ち、本人が本当に望む生活像を考える時、それは本当に本人にとっての悩み事なのかを見極めることが大切である。今回の取り組みで、私はスタッフの悩み事を本人の悩み事にすり替えてしまっていたことに気付き、深く学ぶことができた。
パーソンセンタードケアの中に、「くつろぎ」「自分らしさ」「結びつき」「自ら携わる事」「社会とのかかわり」とある。今回、本人が訴える不安に対して表面的な事象を見て判断していた。ただ「ご飯って食べられる?」と聞いてきた時に「食べられますよ」と答えてあげるだけで、本人とスタッフの中で会話が生まれ、「結びつき」と感じることができ、安心して「くつろぎ」ある雰囲気の中で安心して暮らせるのではないだろうか。家族と離れ暮らすことになった利用者に対して、家族よりも近くで、日々介護をしている私たちスタッフは、本人がどう感じているかという視点で捉えていくことが重要である。
【参考文献】
トム・キットウッド氏 2017年 「認知症のパーソンセンタードケア 新しいケアの文化へ」 P141~P147
短期記憶障害のある利用者Aさんについて、利用者視点に立ち本人の不安を解決しようとケアに取り組んだが、結果として本人を混乱させることに繋がってしまった。そこで、本人が本当に望む生活像とはどんな生活だろうと考察し学びを深めることができたので報告する。
【事例紹介】
Aさん 女性 87歳 要介護4 アルツハイマー型認知症
Aさんは、短期記憶障害があり、「ご飯って何時に食べられるの?」「家に帰る日って決まっているの?」「今日は娘来る?」と本人が不安に思うことを短時間に何度も聞いてきては、スタッフもその都度、対応していた。業務の忙しい時間帯に何度も聞かれることがあり対応に苦慮していた。「聞いたかもしれないけど」と、申し訳なさそうに前置きする本人の心情を考えると、聞く前に自分で分かることができたら本人にとってもスタッフにとっても良いのではないかと考えた。
その中でも「食事がいつ食べられるか」の質問が多かった。そこで、食事の時間が自分で分かるようになったら、自信を持った生活が取り戻せるのではないかと考えた。
【ケア計画】
支援計画:「食事の時間の書かれた用紙と置時計を本人のテーブルに置き、自分で食事までの時間を把握できる」
目標:「食事の時間が自分で分かるようになり、自信を持った生活を取り戻したい」
期間:令和5年8月9日から9月5日
【実践経過・結果】
実践1週目、本人から「夕食は頼んであるよね?」と質問があったため、置時計を指し「今の時間分かりますか?」と聞くと答えることができた。食事の時間が書かれた用紙の夕食時間を読んでもらい、「ご飯まであと何時間ですか?」と質問すると分からなくなってしまった。
また、別の日は自ら時計を見て、今の時間を把握していたため、時間の書かれた用紙を見てもらうと、朝食から夕食まで読み上げている最中に現在の時間を忘れてしまっていた。食事の時間別に用紙を分けた方が良いかと検討している最中、本人は時間の書かれた用紙に固執していってしまった。
実践2週目、5分から10分間隔で、手を挙げスタッフを呼び、用紙を見せ「私が食事、頼んであるって分かっているよね?」「この時間に娘が来てくれるのかい?」と聞いてくることが増えてきた。また「お盆だから東京から親戚が来るから家に帰りたい」と、険しい表情で帰宅願望を強く訴えるようになってきた。車椅子移動だったが、立ち上がり歩こうとすることも増えてきた。食事の時間までを把握してもらうための物だったが、本人の不安を煽ってしまう物になってしまっていた。
実践3週目、カンファレンスで検討し置時計と時間の書かれた用紙を撤去することにした。また、落ち着いた状態を取り戻すため、支援計画を「不穏時に本人が落ち着ける効果的な声かけの内容を他スタッフと共有し統一した声かけをする」と変更した。
検討した声かけの内容は、本人は本当に娘が来ると思い込んでいて、今日はお盆で親戚が来るから家に帰って準備をしたいと思っているので、「娘さんは来ませんよ」「お盆は終わったので、親戚の方は来ませんよ」という声かけは受け入れられず、不信感が募る様子があった。効果的だったのは「娘の名前」や「生まれ育った所や嫁ぎ先の地名」に関することだった。その様な声かけをすることで、本人の興味を引くことができ、一時的でも穏やかに過ごすことができた。
他にも、同じ話しを繰り返すことがあった。それは、嫁ぎ先の父、母が厳しかったという話である。本人が強く記憶に残っていることに対して、共感することや褒めるような声かけ、人生の先輩としてアドバイスをしてもらえるような会話をすることが特に効果的だった。本人にとっては自分が頑張っていた頃を認めてもらえた、分かってくれたのだという安心感が得られたのだろう。
実践4週目、統一した声かけにより本人が落ち着きを取り戻すことができ、不穏な状態でいることは無くなった。
【考察】
本人が不穏になってしまった原因の置時計と食事の時間の書かれた用紙については、「時計を読む」「文章を読む」ということは理解でき、一つひとつの動作は行えたが、思考・判断能力の障害、実行機能障害があるため、連続して考えることができず、状況に合わせた判断ができなかったのではないか。それが本人を混乱させ、以前よりも強い不安となって現れてしまったと考えられる。
その後の統一した声かけでは、「娘の名前」や「なじみのある地名」、本人の話に共感することで安心感を得たり、本人が強く記憶に残っていることに対して褒めるような声かけや人生の先輩としてアドバイスをもらえるような会話をすることで、承認欲求が満たされ、本人の心のニーズと合い、精神的安定に繋がったのではないかと考察した。
【まとめ】
利用者視点に立ち、本人が本当に望む生活像を考える時、それは本当に本人にとっての悩み事なのかを見極めることが大切である。今回の取り組みで、私はスタッフの悩み事を本人の悩み事にすり替えてしまっていたことに気付き、深く学ぶことができた。
パーソンセンタードケアの中に、「くつろぎ」「自分らしさ」「結びつき」「自ら携わる事」「社会とのかかわり」とある。今回、本人が訴える不安に対して表面的な事象を見て判断していた。ただ「ご飯って食べられる?」と聞いてきた時に「食べられますよ」と答えてあげるだけで、本人とスタッフの中で会話が生まれ、「結びつき」と感じることができ、安心して「くつろぎ」ある雰囲気の中で安心して暮らせるのではないだろうか。家族と離れ暮らすことになった利用者に対して、家族よりも近くで、日々介護をしている私たちスタッフは、本人がどう感じているかという視点で捉えていくことが重要である。
【参考文献】
トム・キットウッド氏 2017年 「認知症のパーソンセンタードケア 新しいケアの文化へ」 P141~P147