講演情報

[14-O-D002-06]介護老人保健施設における精神科医による介入の有用性

*濱口 達也1、谷村 邦子1、中瀬 真治2 (1. 三重県 介護老人保健施設パークヒルズ高塚、2. 三重県厚生農業協同組合連合会 鈴鹿厚生病院)
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発表者は当介護老人保健施設で非常勤精神科医として勤務し、主に認知症の行動・心理症状(以下BPSD)の診療を行っている。BPSDの対応は介護老人保健施設と精神科医との連携が有用であると考える。連携の拡大を目指し介入した事例を集計発表することにした。介入利用者数、年齢、性別、使用薬剤、治療成績、転帰、費用試算など集計した。高い治療効果が得られた一方で、薬剤副作用や属人性の高さなどの課題があげられた。
【背景】発表者は精神科単科病院に勤務する精神科医である。精神科専門医・指導医、精神保健指定医、認知症サポート医の資格を持ち、経験年数は15年である。現在、当介護老人保健施設および関連介護老人保健施設で非常勤精神科医として勤務している。認知症の行動・心理症状(以下BPSD)を中心に対応しており、診療する利用者数も増加傾向である。

【目的】BPSDの有病率は56%で、5年間の追跡でほぼ全ての認知症例がどこかの時点でBPSDを発現しているとされている。1) BPSDの対応は介護老人保健施設と精神科医との連携が有用であると考えるが、精神科医が診療介入をする介護老人保健施設は多くない。介護老人保健施設と精神科医との連携が拡大することを期待し、当施設の実状を公表することにした。

【方法】利用者データ・カルテから後方視的調査を行った。介入利用者数、年齢、性別、使用薬剤、治療成績、転帰などを集計した。全事例で施設外精神科受診対応を行ったと仮定した際の診療費試算も行った。これらの結果から文献を交えた考察を行った。また精神科医から見た介護老人保健施設との連携の有用性も考察した。

【成績】介入を行った利用者総数は16ヶ月で計57人(施設定員150名+150名のうち19%)、のべ介入件数は310件であった。性別は男性17人女性40人であった。年齢は87.2±9.3歳であった。BPSD対応が53人、既往の精神疾患への対応が3人、診断書作成依頼が1人であった。
症状経過について、短期間で劇的に改善したものが2人(3.5%)、十分に症状改善したものが35人(61.4%)、部分的に改善したものが7人(12.2%)、改善はしたが副作用対応を要したものが5人(8.7%)、改善せず精神科入院対応を要したものが5人(8.7%)であった。抗精神病薬の使用数は30人(52.6%)であり、チアプリドが8人(14%)、非定型抗精神病薬が22人(38.6%)で、アリピプラゾールとリスペリドンの使用頻度が高かった。骨折、意識障害、心不全などのイベントで、入院など集中的対応を要したものがのべ8件、経過中の死亡者は4人であった。

【考察】当施設で精神科医が介入した利用者のうち、BPSDが改善したものが64.9%、副作用が出たものも含めると73.6%、部分的な改善も含めると91.3%という結果であった。当施設で使用頻度の高かったアリピプラゾールは、BPSDに対して10週間で65%の改善を認めたという報告があり2)それと比較しても遜色ない結果であったと考える。特に短期間で劇的に症状が改善した2人については、精神科医介入の有用性を現場介護者が強く実感できた事例であったと考える。症状改善に乏しく入院を余儀なくされた事例も、事前に病院と連携を取ることで円滑に受診対応を行うことができた。更に、発表者が所属する精神科病院で入院治療を終えた際、退院先として当介護老人保健施設と連携する事例が増加しつつある。救急急性期病棟において認知症患者の退院先選定が円滑に行えることは非常に有益であると考える。
発表者が介入を開始した当初は依頼件数も多くなく、治療成績も芳しくなかった。双方が診療介入の体制に慣れていくにつれて依頼件数も増え治療成績も向上したことが印象的であった。スタッフ間での綿密な連携が重要であると考える。
一方で現状の課題として以下の2点が挙げられる。1点目は、精神科医が介入することで抗精神病薬の使用率や使用量が増加する点である。認知症高齢者に対して抗精神病薬は全体の21.3%に用いられている。一方で認知症病院に勤務する精神科医は75.3%に抗精神病薬を使用していると報告されている。3)当施設でも52.6%に抗精神病薬が使用されている。つまり精神科医が診療を要する認知症高齢者は抗精神病薬の使用率が高くなると言える。結果、薬剤副作用は増加することになり、本当にそれが利用者にとって有益なのか、常に熟慮していく必要があると考える。当施設では特に非定型抗精神病薬投与を開始する際には、精神科医が家族に説明を行っている。かかりつけ医に対する調査で、向精神薬の使用について常に同意を得ている医師は19.1%であった4)ことからも、精神科医が介入し本人・家族同意を得ることが利点であると考える。2点目は、介護老人保健施設と精神科医の連携について、属人性が高くなる点である。当施設での体制が全ての施設にそのまま適応できるわけではなく、前述の通りスタッフ間の慣れと連携が重要となってくる。可能な限り複数スタッフ、多職種で介入することで、低減できる問題であると考える。

【結論】当介護老人保健施設で精神科医が行った診療内容について集計および考察をした。この発表を契機として、介護老人保健施設と精神科医の連携が全国的に拡大していくことを期待したい。

1)服部英幸 認知症の精神症状・行動異常(BPSD) 国立医療学会誌, Vol71, No89, 367‐371, 2017
2)Den Deyn,P.. Jeste, D.V.,Swanink, R.,et al.: Aripiprazole for the Treatment of Psychosis in Patients With Alzheimer's Disease: A Randomized, Placebo-Controlled Study J Clin Psychopharmacology 25(5):463-7 2005
3)品川俊一朗 定型的な薬物療法に行き詰まったときの治療戦略―認知症のBPSDに対して― 精神神経学雑誌,122巻6号, 2020
4)厚生労働省 かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン