講演情報

[14-O-J002-03]施設での生活の楽しみを増やそう!胃瘻造設者が経口摂取による美味しさを感じられるまで

*浦田 香織1、内藤 礼子1、酒田 美幸1、松本 由香1 (1. 神奈川県 リハビリケア湘南厚木)
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当施設では胃瘻造設者が経口摂取に移行するケースが少なかった。今回、言語聴覚士が入職し本人の希望や意欲に着目、多職種と連携して経口摂取を試みた。歯科医師が嚥下内視鏡検査を実施、経口摂取可能と判断した。言語聴覚士指導の元、口腔体操と直接訓練を実施し、訓練により発声が良くなり、嚥下障害用ゼリーを摂取することができた。また「おいしい」という言葉も聞かれ、施設生活の楽しみが増え満足感に繋げることができた。
【はじめに】
 近年、我が国では、高齢化・脳血管障害・認知障害患者の増加に伴い摂食嚥下障害を有する患者が増えており、胃瘻からの経管栄養法が普及してきている。また、胃瘻造設者に対して「食べるための胃瘻」という考えから経口摂取への移行を追及する目的で摂食嚥下障害に対するリハビリテーションの介入がなされるようになってきている。1)
 当施設では、言語聴覚士が不在で胃瘻造設者が経口摂取に移行するケースが少なかった。
 今回、事例検討した利用者は「かつ丼が食べたい」「ステーキが食べたい」という食に対する強い希望があった。その意欲に着目し到達目標を経口摂取ができ、美味しさを感じられることとした。多職種と連携を取ることで施設での生活の楽しみが増え満足感に繋げることができたのでここに報告する。

【研究方法】
1.研究デザイン:質的研究(事例研究)
2.事例紹介
 1)年齢:X氏 70歳代 性別:男性 
 2)既往歴:2005年3月 右脳出血:左片麻痺
       2021年12月 左被蓋出血
2023年4月26日 胃瘻造設
3)経過:2019年~2021年11月まで当施設ショートステイ利用していた。左片麻痺があるが自力で食事を摂取していた。
上記既往歴を経て2023年7月11日当施設へ入所される。入所時は仮性球麻痺2)があり、車椅子や移乗に介助を要している。
3.研究期間:2024年 3 月 25 日~6 月 19日
 直接訓練期間:2024年5月13日~6月19日
4.方法
 1)歯科医師による嚥下内視鏡検査施行(2024年4月15日)
 2)言語聴覚士と口腔体操3)4)メニューを作成し毎日実施
  ・口すぼめ呼吸(5秒吸って5秒で吐く3セット)
  ・舌可動域訓練(上下左右3回3セット)
  ・舌抵抗訓練(小スプーンで舌の中央・前・左右を10秒間押す3セット)
  ・おでこ体操(5秒間5セット)

 3)直接訓練(えん下困難者用食品1スマイルケア食0:プロッカ)
  ・パフェスプーン1/2量をスライス4)し提供
  ・訓練始めと終了後に吸引
  ・直接訓練前に体温測定
  ・直接訓練前後に酸素飽和度の測定

 4)吸引時の唾液性状と量・摂取時の表情と反応・摂取量・一口量・嚥下の回数を記録評価した。

5.倫理的配慮:対象者に研究の目的、個人情報の保護、自由意思による参加、回答拒否による不利益は生じない事、データは研究目的以外では使用しない事を説明書に記載し同意を得た。また、経口摂取する場合の誤嚥のリスクを説明書に記載し同意を得た。

【結果】
 訓練前に嚥下内視鏡検査を施行した。嚥下反射は15秒おき起きているが嚥下後に残留があった。検査中、咳嗽反射もなく明らかな誤嚥は起こしていない。嗜好品を楽しむ程度の経口摂取をするにあたり、摂取の前後に吸引を施行すれば、経口摂取可能と医師が判断した。
 歯科衛生士による週1回の口腔ケアがあり、経口摂取を始める時期として口腔衛生が良い状態と評価した。
 訓練中は、施設全体で行っている毎日の口腔体操に積極的に参加しており、口腔体操の口すぼめ呼吸では、自らティッシュを用意し直ぐに始められるように準備している姿が見られた。
 X氏の体調に合わせ5月19日の口すぼめ呼吸では5秒吸うことが困難なため3秒吸って5秒吐くに変更し、舌抵抗訓練では疲労感があり10秒から5秒へ変更した。5月24日に右首の凝りや張りがあると訴えおでこ体操を中止、翌日から3セットへ変更した。言語聴覚士へ相談しおでこ体操の後に、肩・胸鎖乳突筋のマッサージを行うと良いと助言を受け実施した。
 直接訓練では徐々に摂取量は増加したが10口前後で停滞しはじめた。原因として5月27日に歯科衛生士より咀嚼回数が少ないことを指摘された。しかし、言語聴覚士からは目標がおやつを嗜む程度であり、現在の状態は咀嚼回数を増やすことよりも、舌で送り出し嚥下する時期であると指摘された。歯科衛生士と言語聴覚士の目標に相違があったため、双方と相談しスライスしたプロッカを丸飲みする方法で統一した。
 X氏はコーヒー味を希望され6月6日から提供を開始した。コーヒー味を提供したところ「においがいいね」「おいしい」と笑顔がみられた。以降、摂取量が増加し15口まで摂取できるようになり、嚥下もスムーズに行えるようになった。同時に妻から「頬の筋肉がついたわね」などの励ましの声掛けもあり、プロッカを1個摂取することができた。
 生活の場面では、言葉が聞き取りやすくなり、カラオケでは歌詞がはっきりと聞こえるようになった。

【考察】
 X氏の意思を尊重し、今回の訓練を行ったことで食事を通じ生活の一部を取り戻せたと考える。また、周囲の声掛けにより喜びと満足感をもたらしたと考える。食事は単なる栄養摂取ではなく、おいしく食べたり楽しく食べたりすることで心が満たされ、食事を通じて人と交流・関係を構築し社会的な結びつきをもたらす重要な要素である。5)
 また、多職種と連携する上で目標設定とアプローチを統一することが効果的なケアに繋がり、かつ生活の質を向上させるために不可欠であると考える。

【終わりに】
 今回の研究を通し、本人の希望を叶えるために多職種、家族の協力を得て、経口から美味しさを感じられ、また施設での生活に楽しみを増やすことができた。

参考文献
1)三原千惠 摂食・嚥下訓練からみたPEG・静脈経腸栄養29(2014)
2)福岡達之 言語聴覚士のための摂食嚥下リハビリテーションQ&A(2016) 協同医書出版社
3)西山耕一郎 誤嚥性肺炎に負けない!1回5秒ののどトレ(2024)宝島社
4)小口和代・保田祥代 摂食嚥下訓練の基本を動画でやさしく学ぶ本(2023) 医歯薬出版株式会社
5)小山珠美 “口から食べること”の重要性とは?―体・心・社会性につながる食(2021)日本慢性期医療協会ホームページ記事