講演情報

[14-P-L002-02]動いているように見えるから動くへ~運動錯覚を利用した3か月間のキセキ~

*土屋 裕規1、山口 史人1、東方 宗太1 (1. 三重県 介護老人保健施設 志摩豊和苑)
PDFダウンロードPDFダウンロード
畑作業や車の運転が行えている症例のリハビリテーション会議にて身体機能に対する希望を聴取し、身体機能向上を目的に視覚誘導性自己運動錯覚を用いた麻痺側上肢への介入を3か月間試みた。介入後には麻痺側手指の随意的伸展動作等の手指機能並びにADL、IADLに変化がみられた。介入により同時筋活動の軽減や把持力向上がみられたと思われる。また、麻痺側手指機能の向上がADL、IADLの向上に繋がったと考えられた。
【はじめに】
 通所リハビリテーション (以下;通所リハ)では、2015年の介護報酬改定により、個別リハビリテーション実施加算が廃止され、「1対複数での関わり」や「より短時間での介入」での結果を求められている。医療保険分野と比較して、在宅におけるリハビリテーション専門職種の関与は、時間的にも人員的にも圧倒的に少ないのが現状である。しかし、そのような現状の中でも活動と参加に着目したリハビリテーション(以下;リハビリ)が求められており、治療介入のみだけではなく、カンファレンスを含めたマネジメント等、必要とされるスキルは多岐にわたる。今回は、畑作業や車の運転が行えている症例のリハビリテーション会議(以下;リハ会議)にて“身体機能に対する希望“を聴取し、新たに視覚性自己運動錯覚を用いた介入を試みたため報告する。
【対象】
 症例は70代男性、利き手は右利きである。現病歴はX年に左被殻出血(右片麻痺)を発症、既往歴は慢性硬膜下血腫、逆流性食道炎、過活動膀胱、前立腺肥大、不眠症である。家族構成は妻と二人暮らしであり、子供2名は県外在住である。介護サービス利用は当苑通所リハ2回/週であり、通所リハ以外の日は娯楽や畑作業をして過ごされていた。障害高齢者の日常生活自立度:J1、認知症高齢者の生活自立度:正常であった。認知機能は改定長谷川式簡易知能評価スケール:30点、身体機能としてはBrunnstrom Stage:IV-IV-V、Stroke Impairment Assessment Set-moter(以下;SIAS-m):2-1B-3-4-2、麻痺側手指に関しては、Modified Ashworth Scale(以下;MAS):手指屈筋群1+、Simple Test for Evaluating Hand Function(以下;STEF):右7点(大球、大直方、布、小球、ピンの課題は実施不可)であった。Activities of Daily Living(以下;ADL)は入浴のみ一部介助、その他自立~修正自立レベルであった。発症からのInstrumental Activities of Daily Living (以下;IADL)の経過は、X年:回復期病院を経て当苑通所リハ開始、X+1年:娯楽開始、X+2年:車の運転・畑仕事開始していた。X+5年のリハ会議にて「これ以上よくなることは難しいと分かっているものの、右手がもう少し動くといい」との希望があった。
【方法】
 先行研究より視覚誘導性自己運動錯覚とは、身体運動の映像を一人称視点で観察することで錯覚が生じることと述べている。また、脳卒中後に重度の上肢麻痺を発症した患者の運動イメージを誘発する能力が改善すると報告されている。そして、急性期~慢性期脳卒中を対象にした研究が散見されることから、発症から数年経過した本症例においても対象となるのではないかと考え、今回介入として選択した。
 実施方法は先行研究を参考にした。事前準備はタブレット端末(Apple社製 iPad;以下iPad)を用いて、非麻痺側手指の随意的な屈伸運動を一人称視点にて撮影した。撮影した動画は、動画編集ソフトを用いて左右水平に反転し、麻痺側上肢側の手指屈伸動画となるようにした。実施環境はiPad上に映る手部の映像が麻痺側手部と重なるようにiPadを設置した。症例へは「実際には動かさなくてよいので、 映像に映る手の運動を自分で行っていると思ってください」と教示し、運動錯覚を生じさせた。実施時間、期間は通所リハ利用時の5分間とし、3ヶ月間継続した。
 評価内容は、介入前、介入後における麻痺側の随意的な手指屈伸動画より手指最大伸展の画像を抽出して変化を目視にて確認すること。麻痺側上肢評価(SIAS-m、MAS、STEF)。ADLやIADLの変化点の聴取とした。
 倫理的配慮として、対象者への説明と同意を得て実施した。
【結果】
 介入回数は合計32回であった。
 麻痺側の随意的な手指最大伸展は介入後に拡大を認めた。麻痺側上肢評価は尺度上の変化はみられないものの、主観的には手指屈筋群の筋緊張の軽減を感じた。STEFは点数の変化はみられなかったが、大球、大直方、布の把持が可能となった。ADL・IADL上の変化(表出順)は、歯ブラシを麻痺側にさしやすくなった。歯ブラシを麻痺側に把持して歯磨き粉をつけることが可能となった。車の乗り降りの際に杖を麻痺側へ差し込みや把持がしやすくなった。長時間草刈り機を持てるようになった(約10分から15分へ延長)との発言があった。
【考察】
 先行研究では、自己身体の反転した映像を観察して錯覚が誘発されることで、実際には動いていないにも関わらず動いたような感覚を生起させる。そのため、脳内で運動をイメージしていることに繋がる可能性がある。効果として、ペグボード作業の所有時間の短縮があり、根拠としては把握力の向上や、筋電図より同時筋活動の軽減や脱力による相反性筋活動が確認されたと報告されている。本症例においても、同様の現象が生じている可能性がある。そのため、画像上において確認された麻痺側手指の随意的な伸展角度の拡大やSTEFにて把持や離すことが可能なものが増えたと思われる。そして上肢機能の向上が、ADL、IADL上の向上に繋がったと考える。
【まとめ】
 通所リハ利用者に対して、3ヶ月間、2回/週の利用日にiPadを使用した視覚誘導性自己運動錯覚の介入を試みた。その結果、麻痺側上肢機能に変化が見られ、ADL、IADLの変化に繋がったと思われた。今後の展望としては、手指伸展角度が目視のみの確認となっているため、定量的な評価を行う方法を模索する必要がある。そして、ABデザインといった介入を実施しないことによる保持効果も検証していきたいと思う。
 最後に通所リハでは活動や参加に焦点を当てたリハビリは非常に重要であると思われるが、基盤となるのは身体機能であり、その評価も重要になると思われる。そのため、身体機能や活動、参加といった広い視野を持った関わりを持つことが利用者様とのキセキに繋がるのではないかと思う。