講演情報
[14-P-L002-07]MTDLPを用いて生活の場を自己決定できた症例多職種協働による生活の安定に向けた取り組み
*熊代 有希枝1 (1. 東京都 医療法人財団健和会 介護老人保健施設 千寿の郷)
老健入所中のA氏に対し、生活行為向上マネジメント(MTDLP)を用いた作業療法を実施した。A氏の生活への不安を払拭するため、MTDLPを用いた生活スタイルの再構築と、日常生活の自立に向けて、多職種が協力し支援を行った。今後の生活で大事にしたいのは趣味活動の継続と人との関わりであることを見出され、施設入所を選択した。MTDLPの導入が介入の方向性を明確にし、多職種協働による効果が示唆された。
【目的】
右変形性膝関節症の術後の女性A氏に対し生活行為向上マネジメント(以下MTDLP)を用いて作業療法を実施した。A氏は見通しの立たない生活に不安を感じていたが、望む生活スタイルを明確にし、多職種で課題を分担し日常生活の自立を促すことで、今後の生活の場の自己決定につながったためその経過を報告する。なお、発表に際し、対象者の同意と所属施設の承認を得ている。本演題に関連して、発表者に開示すべきCOIはない。
【事例紹介】
A氏、88歳の女性。70代まで船宿を経営し多忙な生活を送っていた。入院前はデイサービスを利用しながら概ね自立した生活を送れていた。X年Y月、右変形性膝関節症の手術のため入院。急性期、回復期病棟を経て、X年Y+4月老健入所となった。
【作業療法評価】
X年Y+6月にMTDLPを開始。身体機能は、著明な可動域制限なし。筋力MMT4。手関節の偽痛風や便秘による体調不良が時折ある。ADLは移乗と短距離の車いす駆動、食事、日中の排泄、整容動作が自立。日中は塗り絵や書道をして過ごす。体調管理は看護師の支援が必要。HDS-R28/30点。難聴あり。今後の生活については、「施設に行くしかないんだと思う」との認識。合意目標を「身辺動作の自立。痛みや体調不良の対処法を身に付ける。また、自身が人生で大切にしていることを振り返り、生活の場をどこにするか、家族および支援者と相談し2か月で決める。」とした。自己評価は実行度と満足度ともに2であった。
【介入の基本方針】
合意目標の達成を目指し、多職種で役割を分担。福祉用具の選定や動作方法の工夫と練習は作業療法士(以下OT)と理学療法士。それらの生活への定着は介護福祉士とOT。体調管理は主に看護師、医師。家族や外部との情報共有や調整は社会福祉士。生活の話し合いは主にOTと社会福祉士。いずれも退所先の選択を主体的に行えるようにするためという目的がその先にあることを多職種カンファレンスで共有。課題の進捗状況はカンファレンス(月1回)、日々の申し送りや記録にて共有。
【作業療法実施計画】
基本的プログラム→バランス練習、筋力訓練、自主トレプログラム提供。応用的プログラム→歩行練習、手工芸の実施、体調管理方法の検討。社会適応プログラム→生活のイメージづくりの話し合い、家屋評価に向けた調整。
【介入経過】
前院入院中には体調が安定せず在宅復帰は難しいと医師から説明を受けていたが、入所後は概ね安定。不眠や便秘、痛みの不安などの訴えが一時的に強まることがあるものの、相談や休息といった対処方法が身に付き、2~3日で軽快するようになった。趣味活動は作業の種類や実施時間を確認する機会を設け、作業の選択や時間の自己管理につなげることができた。移動は車いすと前腕支持型歩行器歩行を併用。生活の話し合いを行う中でこれまでの人生を振り返り、歌うこと、塗り絵を仕上げること、人と関わることが、今後の生活で大切にしたいこととの気づきを得る。自宅に固執せずとも充実した生活を送ることができると認識でき、納得した形で施設入所を選択。家族も同意。施設入所を決めてから、対人交流を円滑にし、さらに歌を楽しむための補聴器作成、入手しやすく保管場所を取らない前輪付き歩行器での歩行獲得を目指して取り組んだ。
【結果】
施設内の移動手段は車いすと前腕支持タイプの歩行車を併用し自立。排泄は下剤の調整に支援が必要。体調の変化に対処する方法が身に付き、多少の変動がありながらも安定した日常生活を送れるようになった。日中は塗り絵、歌唱、書道、トランプを1日合計1~2時間程度取り組み、補聴器が完成してからは他利用者と話し込むことも増えた。職員の異動や他利用者の退所の際には歌や作品を贈られている。施設紹介業者を利用して入所施設を決定した。MTDLP開始時には先の見えない生活に不安を抱いていたが、理想の生活イメージが再構築され、ご家族や施設紹介業者にも意思表示ができるようになった。合意目標に対する自己評価は、実行度4、満足度5となった。
【考察】
4カ月間の介入で、A氏が生活の課題や自身の能力の現状を認識し納得した上で施設入所を選択し、自立した生活及びQOLの向上のためのプログラムに取り組むことができた。当施設入所以前は全身状態が安定せず、生活について考える機会を提供することが難しかったことが推察される。そのため、A氏は先の見えない生活に不安を感じている状態だった。先が見えない理由として、自分の状態や予後を把握できていないこと、生活の中で大切にしたいことが整理されていないことの二つが考えられた。ここに介入することで今後の生活の不活発化を防げると考え、MTDLPを開始した。できることと難しいことの仕分けをし、具体的な課題に落とし込み多職種にて共有。解決に向けて取り組んだ。そして、A氏がやりたいことや継続したいことを、生活歴を振り返りながら洗い出し優先順位をつけた。これにより、場所ではなく作業に焦点を当てて生活の場を選択できるようになった。また、施設入所を決めた後に改めて課題を見直し、QOL向上に寄与する課題に取り組むこともできた。カンファレンス等で定期的に共有を行い、いずれの職種も課題の意図を理解してA氏に関われていたため、齟齬が生じても修正が容易であった。方向性が未定の段階から具体的な課題に着手できたのはMTDLPを活用し、目的と役割を明確にできたことが奏功したと思われる。介入の方針を定め、多職種で課題に取り組む際にMTDLPが有効であったことが示唆された。
【参考文献】
作業療法マニュアル66 生活行為向上マネジメント 改訂第3版
右変形性膝関節症の術後の女性A氏に対し生活行為向上マネジメント(以下MTDLP)を用いて作業療法を実施した。A氏は見通しの立たない生活に不安を感じていたが、望む生活スタイルを明確にし、多職種で課題を分担し日常生活の自立を促すことで、今後の生活の場の自己決定につながったためその経過を報告する。なお、発表に際し、対象者の同意と所属施設の承認を得ている。本演題に関連して、発表者に開示すべきCOIはない。
【事例紹介】
A氏、88歳の女性。70代まで船宿を経営し多忙な生活を送っていた。入院前はデイサービスを利用しながら概ね自立した生活を送れていた。X年Y月、右変形性膝関節症の手術のため入院。急性期、回復期病棟を経て、X年Y+4月老健入所となった。
【作業療法評価】
X年Y+6月にMTDLPを開始。身体機能は、著明な可動域制限なし。筋力MMT4。手関節の偽痛風や便秘による体調不良が時折ある。ADLは移乗と短距離の車いす駆動、食事、日中の排泄、整容動作が自立。日中は塗り絵や書道をして過ごす。体調管理は看護師の支援が必要。HDS-R28/30点。難聴あり。今後の生活については、「施設に行くしかないんだと思う」との認識。合意目標を「身辺動作の自立。痛みや体調不良の対処法を身に付ける。また、自身が人生で大切にしていることを振り返り、生活の場をどこにするか、家族および支援者と相談し2か月で決める。」とした。自己評価は実行度と満足度ともに2であった。
【介入の基本方針】
合意目標の達成を目指し、多職種で役割を分担。福祉用具の選定や動作方法の工夫と練習は作業療法士(以下OT)と理学療法士。それらの生活への定着は介護福祉士とOT。体調管理は主に看護師、医師。家族や外部との情報共有や調整は社会福祉士。生活の話し合いは主にOTと社会福祉士。いずれも退所先の選択を主体的に行えるようにするためという目的がその先にあることを多職種カンファレンスで共有。課題の進捗状況はカンファレンス(月1回)、日々の申し送りや記録にて共有。
【作業療法実施計画】
基本的プログラム→バランス練習、筋力訓練、自主トレプログラム提供。応用的プログラム→歩行練習、手工芸の実施、体調管理方法の検討。社会適応プログラム→生活のイメージづくりの話し合い、家屋評価に向けた調整。
【介入経過】
前院入院中には体調が安定せず在宅復帰は難しいと医師から説明を受けていたが、入所後は概ね安定。不眠や便秘、痛みの不安などの訴えが一時的に強まることがあるものの、相談や休息といった対処方法が身に付き、2~3日で軽快するようになった。趣味活動は作業の種類や実施時間を確認する機会を設け、作業の選択や時間の自己管理につなげることができた。移動は車いすと前腕支持型歩行器歩行を併用。生活の話し合いを行う中でこれまでの人生を振り返り、歌うこと、塗り絵を仕上げること、人と関わることが、今後の生活で大切にしたいこととの気づきを得る。自宅に固執せずとも充実した生活を送ることができると認識でき、納得した形で施設入所を選択。家族も同意。施設入所を決めてから、対人交流を円滑にし、さらに歌を楽しむための補聴器作成、入手しやすく保管場所を取らない前輪付き歩行器での歩行獲得を目指して取り組んだ。
【結果】
施設内の移動手段は車いすと前腕支持タイプの歩行車を併用し自立。排泄は下剤の調整に支援が必要。体調の変化に対処する方法が身に付き、多少の変動がありながらも安定した日常生活を送れるようになった。日中は塗り絵、歌唱、書道、トランプを1日合計1~2時間程度取り組み、補聴器が完成してからは他利用者と話し込むことも増えた。職員の異動や他利用者の退所の際には歌や作品を贈られている。施設紹介業者を利用して入所施設を決定した。MTDLP開始時には先の見えない生活に不安を抱いていたが、理想の生活イメージが再構築され、ご家族や施設紹介業者にも意思表示ができるようになった。合意目標に対する自己評価は、実行度4、満足度5となった。
【考察】
4カ月間の介入で、A氏が生活の課題や自身の能力の現状を認識し納得した上で施設入所を選択し、自立した生活及びQOLの向上のためのプログラムに取り組むことができた。当施設入所以前は全身状態が安定せず、生活について考える機会を提供することが難しかったことが推察される。そのため、A氏は先の見えない生活に不安を感じている状態だった。先が見えない理由として、自分の状態や予後を把握できていないこと、生活の中で大切にしたいことが整理されていないことの二つが考えられた。ここに介入することで今後の生活の不活発化を防げると考え、MTDLPを開始した。できることと難しいことの仕分けをし、具体的な課題に落とし込み多職種にて共有。解決に向けて取り組んだ。そして、A氏がやりたいことや継続したいことを、生活歴を振り返りながら洗い出し優先順位をつけた。これにより、場所ではなく作業に焦点を当てて生活の場を選択できるようになった。また、施設入所を決めた後に改めて課題を見直し、QOL向上に寄与する課題に取り組むこともできた。カンファレンス等で定期的に共有を行い、いずれの職種も課題の意図を理解してA氏に関われていたため、齟齬が生じても修正が容易であった。方向性が未定の段階から具体的な課題に着手できたのはMTDLPを活用し、目的と役割を明確にできたことが奏功したと思われる。介入の方針を定め、多職種で課題に取り組む際にMTDLPが有効であったことが示唆された。
【参考文献】
作業療法マニュアル66 生活行為向上マネジメント 改訂第3版