講演情報

[15-O-E001-01]「よう聞こえる!」~聴覚支援を行い、疎通性向上を認めた一例~

*桝井 千遥1、清水 明美1、竹藏 智美1、西田 宗幹1 (1. 奈良県 医療法人鴻池会 介護老人保健施設 鴻池荘)
PDFダウンロードPDFダウンロード
認知症のある重度難聴者に対し、聴覚検査や様々な聴覚支援機器の評価を実施した。評価の結果と家族の意向にあわせて検討を行い、本人に合った助聴器を選定した。家族と相談の結果購入に至り、購入後は家族やスタッフとの会話場面にて使用している。発話量は増加し、聞き返しや聞き間違いの回数が減少するなど疎通性が向上することで、会話の機会や笑顔など反応の増加に繋がった。
【はじめに】
認知症のある重度難聴者に対し、様々な評価を実施し聴力と家族の意向に合わせて聴覚支援の提案を行った結果、疎通性が向上し、コミュニケーションの機会が増加したため報告する。
【症例】90歳代 男性
現病歴:認知症、糖尿病、高血圧症、骨粗鬆症、腰椎圧迫骨折、脳梗塞
ADL:起居中等度介助、移乗全介助、移動車椅子担送
日常生活自立度:B1  認知度:IIIa  介護度:要介護3
家族構成:キーパーソン長女  長男と同居
方向性:特養 特養が決まるまで自宅との往復利用
聴覚:約20年前より、徐々に聴力低下していた。20年の間に耳鼻科にて補聴器を作成したり、集音器を自身で買い、使用・管理されていた。約1~2年前より認知機能の低下から電池の入れ替えなどの自己管理が難しくなり、使用しなくなった。
【評価】
入所時より難聴のためにコミュニケーション時に支障あり、以下の評価を実施した。
(1)コミュニケーション
聴覚入力は耳元大声にて話すも聞き返しや聞き間違いあり。左右差はなし。後ろからの声掛けに反応なし。聴理解は聴取できれば簡単なやり取りは可能。文字理解は簡単な短文レベルにて可能。表出面は短文レベルの発話あり。
(2)聴覚検査
標準純音聴力検査:認知機能低下により、文字提示や〇×などの選択肢を提示するも、検査手続きの理解が難しく、両側80~90dBにて「聞こえるわ」と反応される。正確な聴力の測定は困難であったことから、正確な聴覚閾値の精査は難しいが、80~90dBにて反応を認めたことから推定両側高度~重度難聴レベルと考えた。
モバイル型対話支援システムcommune mobile(以下、コミューン)及び補聴器使用の評価:コミューンだけで使用の場合は、スピーカーに耳を近づけて聞こうとされるが、意思の疎通は難しかった。補聴器では「はい、聞こえる」と応答され、簡単な意思疎通が可能。コミューンと補聴器を同時に使用すると、聞き返しが減少するなどさらに疎通性が向上した。
助聴器(『もしもしフォン(ハビナース)』)使用の評価:形は筒状となっており、話し手が一方に口をつけ、聞き手がもう一方に耳をつけて会話を行う。肉声が大きく伝わるため、耳のそばで大声を出さずにコミュニケーションを図ることができる機器である。本人に使用すると「よう聞こえる」と応答されるなど、簡単なやり取りが可能であった。自由会話場面での聞き返しや聞き間違いの回数は減少。話し手側の声かけも耳元で話すより小さい声にて会話が行えるため、話し手の負担も軽減できた。
(3)認知機能面
MMSE11点HDS-R7点 助聴器を使用し、認知機能検査を実施した。
【経過】
聴覚検査の結果を家族と共有。家族の不安点も考慮し、認知機能低下・疎通性低下を予防する目的で補聴機器の検討を行った。補聴器やイヤホン型集音器は有効であるも高価で、認知機能の低下から小さいこれらの機器を自身で管理する事が難しく紛失リスクがあること、購入前の試行ができないことなどから除外した。助聴器は疎通性が向上し、他の機器と比較すると安価で、形が大きいものであるため紛失リスクも減少し、適切であると推測。家族と相談の結果購入に至った。
購入後は車椅子に常備し、会話時に使用してもらうようにスタッフへ伝達を行った。面会時には家族にも助聴器を実際に使用して会話を行っていただき、「よく聞こえているみたいでよかった」と本人が聞こえている様子に喜ばれた。また、日常生活においては看護師や介護士、セラピストなど様々なスタッフとのコミュニケーション時に使用できており、「大きい声を出さずに会話ができる。」「会話が成立する。」など意見あり、疎通性向上を図ることができている。
【考察】
本症例は補聴器や集音器を使用することにより、会話及び生活音などの聴覚刺激が入力されることで反応や認知機能へ良い影響が見込めると考えるが、認知症の影響により形の小さい補聴器や集音・助聴器は自己管理が難しく、紛失してしまうリスクがある。そのため、紛失のリスクが少ないと考えられる形の大きい助聴器を使用することで、一対一での会話場面においての疎通性向上を目指した。形の大きい助聴器を使用することで視覚的な情報が加わり、会話が始まることが難聴者に認識されやすく、会話に注意が向きやすくなると考える。
以前、助聴器を使用していなかった際は聞こえにくかったため、日常生活のなかで入浴・排泄など今から何をするのかということの理解が難しく、混乱される様子もみられたが、助聴器を使用したことにより、状況理解が容易となり十分な同意を得た上で行動することが可能となった。また、疎通性が向上したことでスタッフから体調を確認したり、雑談をするなど会話を行う機会が増加し、本人の発話量や笑顔などの反応も増加を認めた。
疎通性の向上によるコミュニケーションの機会や笑顔の増加などQOL向上を図るためには、『よく聞こえる』ということが大切であり、そのためには様々な評価を行い、難聴者にとって適切な聴覚支援を行うことが重要であると考える。