講演情報

[15-O-E001-02]セラピー犬とともに、発声練習の新たなアプローチ!

*高木 美冬1 (1. 岡山県 介護老人保健施設おとなの学校岡山校)
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失語症のある利用者様と、成果発表会に向けて約1月間、セラピー犬『ゆき』との発声練習に取り組んだ。その結果、利用者様が自ら発声練習がしたいとの意欲が見られ、自主的に言葉の練習に取り組まれる姿勢が見られた。セラピー犬のトレーニングを応用した発声練習を通し、セラピー犬に指示を伝えることが自信に繋がったと考えられるため、その経過を報告する。
【はじめに】
79歳男性のR様は脳梗塞後遺症により、右上下肢麻痺、運動性失語がある。入所時のHDS-R9点、MMSEは15点、FABは7点。頭で理解していても伝えたいことが言葉になりにくい。発声する際には濁点、半濁点、ハ行の清音が特に苦手であるが、日常生活の中で使用する単語は伝えることができる。それに加え、身振りを交えてコミュニケーションをはかることが可能である。
【目的】
おとなの学校では退所時に『成果発表会・卒業式』を行っている。成果発表会では、3カ月の入所の中で取り組んだことを発表する。R様は長期間おとなの学校を利用していただいており、セラピー犬とのセッション(ふれあい)も積極的に行っていた。そのため、ドッグセラピストが成果発表会のファシリテーターとして成果発表会のサポートを行うこととなった。今回は、セラピー犬との関わりの中でR様の苦手であるハ行の清音を含む言葉で、「発声練習」を行うことを目標にした。
【方法】
R様の対面約2m先に犬を立止(4つ足を地面につけて立つ)の状態で待たせる。R様に犬用のおもちゃのボールを持って頂き、ボールを持った手を上にあげた際に「すわれ」、手を下に下げた際に「ふせ」と指示を出していただく。その指示を聞き、犬が「すわれ」「ふせ」が行えたら待てたご褒美としてボールを投げていただく。セラピー犬は人と動きのあるコミュニケーションをとることが得意で、ボール遊びも大好きな『ゆき』を選んだ。様々な音や人の動きなどの刺激よりもR様に意識が集中できるようにするため、『ゆき』の大好きなボールを使用し、「ふせ」の「ふ」の字に着目して練習を行うこととした。
【実施期間】
2023年5月12日~6月12日の合計9回行なった
【実施内容】
〈練習1回目〉
犬のトレーニングで使用する指示語はR様にとって馴染みのない言葉のため、プラカードを作成し、文字を見ながら発声ができるように練習を行った。プラカードを見て視覚からもアプローチを行うことでR様も頭の中で整理し、発語が促せると考えた。練習は『ゆき』のリードとプラカードを1名のスタッフが持ち行った。はじめは、「ふせ」の「ふ」が流れるような発声で早口になる場面があり、『ゆき』も理解することに時間がかかった。しかし、練習終了後も「すわれ」「ふせ」とゆっくりと口に出しながら居室へ戻って行かれる様子が見られた。
〈練習2回目〉
手の動きと言葉を同時に行うことが難しい様子があった。そのため、今回からはタイミングや動きをサポートするためにドッグセラピストが2名介入し、1人が『ゆき』のそばでプラカードを持ち、もう1人がR様の左側で同じように動作をする練習を行った。R様はスタッフの動きを見ながら、手を動かし指示を出してくださっていた。
〈練習6回目〉
4回目の練習後、『ゆき』との発声練習時間以外でも、指示語の練習がしたいとR様から提案があった。その対応として、練習と同じプラカードを、ホールから居室までの廊下の掲示板に掲示をした。R様は廊下を通るたびに練習を行っているとスタッフから報告があった。今回の練習は初回の練習と比べ「ふせ」の「ふ」に力を込めるように指示を出してくださった。以前よりも早口にならず、ゆっくりと発声ができ指示語が『ゆき』に伝わることが多くなった。R様も自信に満ちた表情で練習に参加していただけていた。手の動きと言葉を同時に行うことも課題であったが、スタッフと同じスピードとタイミングでボールを持った手を上下することが可能となった。
〈練習8回目〉
言葉と手の動きが同時に行えるようになってきており、『ゆき』もR様に意識を集中し指示を待つ様子があった。『ゆき』に伝わらない時は、指示語をゆっくりと発声し直し、「もう1回」と伝わるまで何度も挑戦をしてくださった。
〈成果発表会当日〉
成果発表会が開始する前に、お声がけすると「大丈夫じゃな」と表情良くお話ししてくださる様子があった。成果発表会では手の動きや指示語も丁寧に明確な発音で「すわれ」「ふせ」と伝えてくださった。『ゆき』もR様の指示を一度で聞き、応えることができた。発表会にはR様のご家族様も参加され、発声練習の様子を撮影した写真をお渡しした。その場でR様と一緒に写真を見ながら、「よかった、ありがとうございました。」とお言葉をいただいた。
【経過と考察】
「発声練習」を目標に行ったセラピー犬の介入では、練習を重ねるごとに言葉がより明確になり、手の動きと言葉を同時に行うことが少しずつ可能になった。退所時のHDS―Rは18点、MMSEは17点、FABは7点だった。今回の取り組みを行うにあたり、R様の普段の様子を多職種のスタッフから情報収集を行った。その際には、R様は個別での会話に比べ大勢の人の前で話すことに対して消極的であり、発語の発表は難しいのではないかという意見もあった。しかしセラピー犬が介入した練習を行ったことにより、意欲的に発声練習を行う様子が見られた。R様は『ゆき』にスムーズに指示が伝わらなくても、伝わるまで繰り返し指示語を伝えてくださっていた。また、『ゆき』は人がうまく言葉を話すことができなくても、指示があるまでじっと待つことができる。そのような『ゆき』の姿がR様の自信に繋がったと考える。今回の発声練習では指示語の言葉だけでなく手の動きも取り入れたことにより、関節可動域のトレーニングや拘縮予防のリハビリにつなげることができた。
【終わりに】
セラピー犬との関わりが、R様の発声能力と自己肯定感の向上のサポートができた。成果発表会が終了して1年半が経過し、現在もR様はおとなの学校を利用してくださっている。今でもセラピー犬を見かけると「すわれ」「ふせ」と指示を出してくださることがある。今後も、セラピー犬を介し、利用者様らしく過ごして頂けるよう「自律の支援」を行っていく。