講演情報
[15-O-E001-03]意味ある作業や環境調整は再び生きる喜びを与える
*川瀬 心乃1、袴田 貴司1、川村 美津貴1、大庭 英章2 (1. 静岡県 介護老人保健施設エーデルワイス、2. 学校法人十全青翔学園静岡医療科学専門大学校)
失語症により,生きる意味の喪失,孤独感を抱く症例が作業療法介入で再度生きる喜びをもてることを目的とした.自己にて考え,表現出来る作業の提供,完成品提示,周囲への失語指導,助言を実施し,本人,周囲の環境2つにアプローチを行った.その結果,作業遂行状態,精神面に数値的変化を認めた.周囲の環境変化や意味ある作業の遂行は,新たに生きる意味や自信を再構築出来るものであると考察した.
【はじめに】
失語症を抱えた多くの高齢者は以前と同じ生活を送ることが困難となるケースが多い.本症例も,失語症による孤独感を強く抱えており,人との関わりに恐怖心を抱いていた.長谷川ら(1)は,高次脳機能障害者の地域生活におけるカギは,本人の自己決定に伴う主体性を発揮し,障害があっても「できる」体験をすることであると述べている. また,森岡ら(2)は,家族,スタッフ等周囲の人間の言語的関わり等の環境調節が本人の生活能力に影響すると報告している.そこで本発表では,作業を通じた症例の心理的変化や症例を取り囲む環境に変化を与えることでの生活への影響を考察する.
【倫理的配慮】
本人・家族には,本発表について説明し書面にて同意を得ている.
【症例紹介・初期評価】
A氏,80代女性.夫と2人暮らし.20代より,芸道が趣味であり芸術を通じた自己表現,他者との交流を楽しみとされていた.就職歴は無く,主婦として2人の子供を育てた.X年Y月Z日くも膜下出血受傷され開頭クリッピング術施行,術後正常圧水頭症による軽度失語症発症.回復後在宅復帰され,その後は当施設デイケアに通所.X+7年水頭症再発後,中等度失語症と症状が重症化し,会話が上手く出来なくなり自信を喪失していった.退院後当施設デイケア再開.本人の希望は,「病前の生活に戻りたい.」であった.介入初期,失語症により,他者交流時は自発話が少なく,「すみません.」が口ぐせとなっていた.ご家族や他利用者は,失語症理解が不足しており,コミュニケーションは最低限のものとなっていた.集団手作業への参加を促すが,自身の会話,作業能力に自信が無く,周囲へ悟られる不安から断ることが多かった.作業分析では,これまでの趣味であった書道を実施したものの,病前の能力と比較してしまい自信の喪失に繋がる可能性が高かった.また,自由度の低い作業では本人のデザイン性を発揮出来ず,満足度が低かった.機能的自立度評価(以下:ADL)は105点,ミニメンタルステート検査(以下:MMSE)は21点と,生活自立度は高かった.他者とのコミュニケーションにおけるカナダ作業遂行測定(以下:COPM)は満足度3,遂行度2,重要度2,老年期うつ評価尺度(以下:GDS15)10点とうつ状態であった.
【介入方針】
今回,障害により自信喪失し,周囲との関係性にも不安を抱えていた.そこで,本人が決定し表現できる作業を通じ,成功体験が得られるよう難易度調整し,ご家族,周囲に説明することで,理解を得られるよう介入することとした.
【経過と結果】
自己にて考え,表現出来る作業の提供,完成品の展示により,リハビリ時の自発話増加,会話内容や口癖に変化を認めた.自由度の高い手作業実施時は,全体図を把握するため,自ら立位で取り組む姿勢や,本人から作業を求め,主体的に作業へ参加する等行動に変化が見られた.ご家族・利用者・スタッフへの指導では,本症例に出現している失語症状の説明や認知症との違い,生活での声掛け方法や返答方法を助言した.その後は,意欲的にコミュニケーションを取ろうと努力する姿が見られ,他利用者が自発的に,症例に勇気を与える発言するようになっていった.自宅でも,デイケア利用時と同様に,自発話増加,意思表示機会増加,表情の変化を認めた.ご家族も,障害理解が深まり苛立ちが少なくなったことや,思いやりをもって接することが増えていった.しかし,夫としては,「関わり方を日々意識していくことは簡単でなく,満足な関わりは出来なかった部分もあった.」と話された. 介入終了時,MMSEは22点,COPMは満足度5,遂行度8,重要度6,GDSは6点と数値的変化も認めた.また,ご家族の都合により,現在はデイケア利用中止となった.
【考察】
今回,意味ある作業の提供,環境調整により本人,周囲共に変化を認めた.今回の介入において,重要であった2つのアプローチ方法について,考察していく.
(1)作業の実施
病前より芸道が趣味であり,自己にて考え,デザイン性を発揮出来る作業を好まれていた.作業選択時,工夫し,自己決定出来る作業であること,完成品を他者から褒められたこと,作業の難易度や工程の選択等を適切に評価したことの3点が,本人の自己肯定感を高め,自信の獲得に繋がったと考える.得られた自信が本人に主体性をもたせ,内的動機づけを可能としたと考える.
(2)症例を取り囲む環境調整
ご家族への指導は,症例のみで無く,ご家族の心持ちを変化させるものともなった.失語症の原因を理解出来たことは,ご家族の精神面にも余裕が生まれ,互いの関係性を良好にさせたと考える.また,他利用者の変化は,症例の集団への恐怖心を和らげ,主体的に関わりをもてる環境へと変わっていった.デイケアにて携わる介護士にも考えを共有し,症例を取り囲む環境全てが一貫した考え方をもって接することが,症例に安心や希望を与えられたと考える.
(3)まとめ
本症例のみに関わらず、失語症を抱えた多くの高齢者は以前と同じ生活を送ることが困難となる.しかし,周囲の環境変化や意味ある作業の遂行は,新たに希望や自信を再構築出来るものであると考える.日々多くの高齢者を支援する作業療法士として,最期までその人がその人らしく生きられるよう,主体性を引き出していきたいと強く感じる.作業療法士のみで無く,介護,医療に携わる全ての職種が同じ思いで支援していけるよう,マネジメントしていきたいと感じる.本症例で感じた様々な感情を大切に,今後の作業療法に生かしていきたい.
失語症を抱えた多くの高齢者は以前と同じ生活を送ることが困難となるケースが多い.本症例も,失語症による孤独感を強く抱えており,人との関わりに恐怖心を抱いていた.長谷川ら(1)は,高次脳機能障害者の地域生活におけるカギは,本人の自己決定に伴う主体性を発揮し,障害があっても「できる」体験をすることであると述べている. また,森岡ら(2)は,家族,スタッフ等周囲の人間の言語的関わり等の環境調節が本人の生活能力に影響すると報告している.そこで本発表では,作業を通じた症例の心理的変化や症例を取り囲む環境に変化を与えることでの生活への影響を考察する.
【倫理的配慮】
本人・家族には,本発表について説明し書面にて同意を得ている.
【症例紹介・初期評価】
A氏,80代女性.夫と2人暮らし.20代より,芸道が趣味であり芸術を通じた自己表現,他者との交流を楽しみとされていた.就職歴は無く,主婦として2人の子供を育てた.X年Y月Z日くも膜下出血受傷され開頭クリッピング術施行,術後正常圧水頭症による軽度失語症発症.回復後在宅復帰され,その後は当施設デイケアに通所.X+7年水頭症再発後,中等度失語症と症状が重症化し,会話が上手く出来なくなり自信を喪失していった.退院後当施設デイケア再開.本人の希望は,「病前の生活に戻りたい.」であった.介入初期,失語症により,他者交流時は自発話が少なく,「すみません.」が口ぐせとなっていた.ご家族や他利用者は,失語症理解が不足しており,コミュニケーションは最低限のものとなっていた.集団手作業への参加を促すが,自身の会話,作業能力に自信が無く,周囲へ悟られる不安から断ることが多かった.作業分析では,これまでの趣味であった書道を実施したものの,病前の能力と比較してしまい自信の喪失に繋がる可能性が高かった.また,自由度の低い作業では本人のデザイン性を発揮出来ず,満足度が低かった.機能的自立度評価(以下:ADL)は105点,ミニメンタルステート検査(以下:MMSE)は21点と,生活自立度は高かった.他者とのコミュニケーションにおけるカナダ作業遂行測定(以下:COPM)は満足度3,遂行度2,重要度2,老年期うつ評価尺度(以下:GDS15)10点とうつ状態であった.
【介入方針】
今回,障害により自信喪失し,周囲との関係性にも不安を抱えていた.そこで,本人が決定し表現できる作業を通じ,成功体験が得られるよう難易度調整し,ご家族,周囲に説明することで,理解を得られるよう介入することとした.
【経過と結果】
自己にて考え,表現出来る作業の提供,完成品の展示により,リハビリ時の自発話増加,会話内容や口癖に変化を認めた.自由度の高い手作業実施時は,全体図を把握するため,自ら立位で取り組む姿勢や,本人から作業を求め,主体的に作業へ参加する等行動に変化が見られた.ご家族・利用者・スタッフへの指導では,本症例に出現している失語症状の説明や認知症との違い,生活での声掛け方法や返答方法を助言した.その後は,意欲的にコミュニケーションを取ろうと努力する姿が見られ,他利用者が自発的に,症例に勇気を与える発言するようになっていった.自宅でも,デイケア利用時と同様に,自発話増加,意思表示機会増加,表情の変化を認めた.ご家族も,障害理解が深まり苛立ちが少なくなったことや,思いやりをもって接することが増えていった.しかし,夫としては,「関わり方を日々意識していくことは簡単でなく,満足な関わりは出来なかった部分もあった.」と話された. 介入終了時,MMSEは22点,COPMは満足度5,遂行度8,重要度6,GDSは6点と数値的変化も認めた.また,ご家族の都合により,現在はデイケア利用中止となった.
【考察】
今回,意味ある作業の提供,環境調整により本人,周囲共に変化を認めた.今回の介入において,重要であった2つのアプローチ方法について,考察していく.
(1)作業の実施
病前より芸道が趣味であり,自己にて考え,デザイン性を発揮出来る作業を好まれていた.作業選択時,工夫し,自己決定出来る作業であること,完成品を他者から褒められたこと,作業の難易度や工程の選択等を適切に評価したことの3点が,本人の自己肯定感を高め,自信の獲得に繋がったと考える.得られた自信が本人に主体性をもたせ,内的動機づけを可能としたと考える.
(2)症例を取り囲む環境調整
ご家族への指導は,症例のみで無く,ご家族の心持ちを変化させるものともなった.失語症の原因を理解出来たことは,ご家族の精神面にも余裕が生まれ,互いの関係性を良好にさせたと考える.また,他利用者の変化は,症例の集団への恐怖心を和らげ,主体的に関わりをもてる環境へと変わっていった.デイケアにて携わる介護士にも考えを共有し,症例を取り囲む環境全てが一貫した考え方をもって接することが,症例に安心や希望を与えられたと考える.
(3)まとめ
本症例のみに関わらず、失語症を抱えた多くの高齢者は以前と同じ生活を送ることが困難となる.しかし,周囲の環境変化や意味ある作業の遂行は,新たに希望や自信を再構築出来るものであると考える.日々多くの高齢者を支援する作業療法士として,最期までその人がその人らしく生きられるよう,主体性を引き出していきたいと強く感じる.作業療法士のみで無く,介護,医療に携わる全ての職種が同じ思いで支援していけるよう,マネジメントしていきたいと感じる.本症例で感じた様々な感情を大切に,今後の作業療法に生かしていきたい.