講演情報
[15-O-E001-04]会話意欲の向上を目指して3種類の訓練を組み合わせたことによる効果の検証
*佐藤 ちひろ1 (1. 愛知県 介護老人保健施設さなげ)
会話は感情表現や他者理解に重要であり、構音障害がその妨げとなることがある。会話への不安を感じている84歳女性の利用者に対し、3種類の発語訓練を行った結果、発話明瞭度が改善し、会話への意欲が増した。訓練内容は発声発語器官運動訓練、ペーシングボード、タッピング法を行った。3か月半後には舌の動きに改善がみられ、発話速度が平均に近づき、不明瞭さが軽減したことで、会話意欲が高まったと考えられる。
【はじめに】 会話は感情を表現したり、相手の感情を理解したりする手助けとなり、人とのつながりを築く重要な手段の一つである。会話ができないと人間関係が希薄になり、心の健康に影響を与え、他人と意思の疎通ができないことで、日常生活に困難さを感じることもある。会話は私たちの生活において不可欠な役目を果たしている。会話が障害される原因の一つとして構音障害がある。構音障害とは発音・発声する器官(口唇・舌・声帯など)がうまく機能せずに正常に言葉を発声することができない障害である。
今回、構音障害により会話への意欲が低下した利用者に対し、3種類の発語訓練を行ったところ、発話明瞭度が改善し会話への意欲が増したので報告する。
【対象】A様 女性 84歳 診断名:脳出血、肺塞栓
既往:高血圧症、慢性呼吸不全
病歴:令和4年8月20日 夕方、自宅で倒れていたところを家族が発見、病院へ救急搬送となった。左被殻出血の診断を受け入院。右不全麻痺を発症。
令和4年9月15日 回復期リハビリ病院へ転院
令和5年1月7日 入院中に転倒し右上腕骨頚部骨折を受傷
令和5年3月19日 自宅へ退院
令和5年3月21日 当デイケアの利用が開始となった
【目標】発語器官の機能・発話速度の調整力の改善により、発話明瞭度が向上することで、会話がスムーズに行えるようになる。
【方法】発話明瞭度向上のため、以下の3つの訓練を週2回、3ヶ月半行った。
1.ペーシングボードを用いた音読訓練:この訓練を行うことで、特定の速度で話すことを学べ、発話速度を一定に保つことで明確な発話が可能になる。実施した方法としては、複数の色で区切られた枠を使い、音や文節ごとに指をさしながら発話を行った。
2.タッピング法を用いた音読訓練:この訓練を行うことで、特定の速度で話すことができ、聴き手側に理解しやすい速度で会話を行うことができるようになる。方法としては、一音や一単語を話す際に机などを叩きながら発話を行った。
3.発声発語器官運動訓練:この訓練は発声器官の運動機能の向上や、筋力低下を防止する効果がある。方法としては、口の運動や、舌の運動、「パタカラ」の発声練習を行った。
【経過】デイケア開始時の評価では、礼節が保たれており、コミュニケーションをとることが可能で、理解面に大きな問題はなかった。口腔の動きは右麻痺の影響で左右差があり、舌の動きにも拙劣さがみられた。発話速度が速く、舌がついていかず発話が不明瞭になることが多かった。回復期病院からは、理学・作業療法の対象との紹介があったが、本人、家族より、「会話の際に聞き返されることが増え、会話を控えることが多くなった。」との発言が聞かれ、言語訓練を行って欲しいとの強い希望があった。本人が不安を感じている会話へのアプローチを行うことで、日常生活の質の改善への動機づけとなるのではと考え、主治医の指示を受け、言語訓練を開始した。評価時に作成した自己紹介文を音読し、一秒に何mora(仮名一文字のこと)話しているかの測定を行ったところ、発話速度は8.4mora/sだった。成人の発話速度は一般的に5~6mora/sとされており、また志村、筧(2012)による“健常高齢群における「普通」は6.1mora/s、「速い」は7.5mora/s”との報告より、平均よりも速いと評価した。会話を行う際に「ゆっくり話すように」と促したが、意識はするもののすぐに速くなってしまう傾向がみられた。訓練初期は手を動かしながらの音読が難しくタッピングが速くなり、それに伴って発話も速くなってしまう様子もみられたが、手本をみせながら行ったり、A様の手をSTが動かしたりして練習を重ねた結果、2週間後には自発的にタッピングしながら音読することができるようになった。ペーシングボードを使用する場合は枠一つで一音を発声するため、視覚的に理解しやすくタッピング法よりも発話速度の調整が容易であった。日常生活でも発話速度を意識できるよう、音読プリントとペーシングボードを提供し、自宅でも訓練を行うように促した。利用時に自宅での訓練の様子を再現していただき、改善点などを伝えた。
【結果】利用開始から3か月半後の再評価時に行った自己紹介文の音読速度は6.9mora/sという結果となった。訓練時には発話速度を意識する場面があり、発話が速くなってもSTの声かけによる調整で速度が安定する時間が増えた。舌の動きにも改善がみられ、不明瞭な発語が減少した。デイケア利用時には職員や他の利用者との会話が増え、その際に聞き取りにくさが減少している様子が観察できた。
【考察】今回は発声発語器官運動訓練と二種類の発話速度調整訓練を併用して行ったことにより、舌の動きに改善がみられ、また発話速度が遅くなり平均速度に近づいた。この両方の改善によって不明瞭さが軽減し、言葉がよりはっきりと伝わるようになった。訓練を重ねるごとに自身の考えや感情を表現するようになり、会話がスムーズに進むことが自信につながり会話意欲が高まったためと考えられる。
発話速度調整訓練については、本例はペーシングボードがタッピング法より調整がしやすかったが、タッピング法は手のひらや指先を使って場所等を選ばず適切な速度で発話が調整しやすいことから、併用して行った。実際自主的にタッピングをしながら話す様子が日常的にみられるようになったことから、この訓練方法が有効であったと考えられる。また、週2回のデイケアでのリハビリと、自宅での自主訓練とSTとの復習、確認を繰り返したことも、効果的であったと思われる。明瞭度向上に有効な訓練を複数組み合わせて行ったことと機会の確保が、機能と意欲の向上につながったと考えられる。
【参考文献】志村栄二、筧一彦:Dysarthria例の発話速度調整訓練に影響を与える要因の一考察、音声言語医学、53巻4号、2012
今回、構音障害により会話への意欲が低下した利用者に対し、3種類の発語訓練を行ったところ、発話明瞭度が改善し会話への意欲が増したので報告する。
【対象】A様 女性 84歳 診断名:脳出血、肺塞栓
既往:高血圧症、慢性呼吸不全
病歴:令和4年8月20日 夕方、自宅で倒れていたところを家族が発見、病院へ救急搬送となった。左被殻出血の診断を受け入院。右不全麻痺を発症。
令和4年9月15日 回復期リハビリ病院へ転院
令和5年1月7日 入院中に転倒し右上腕骨頚部骨折を受傷
令和5年3月19日 自宅へ退院
令和5年3月21日 当デイケアの利用が開始となった
【目標】発語器官の機能・発話速度の調整力の改善により、発話明瞭度が向上することで、会話がスムーズに行えるようになる。
【方法】発話明瞭度向上のため、以下の3つの訓練を週2回、3ヶ月半行った。
1.ペーシングボードを用いた音読訓練:この訓練を行うことで、特定の速度で話すことを学べ、発話速度を一定に保つことで明確な発話が可能になる。実施した方法としては、複数の色で区切られた枠を使い、音や文節ごとに指をさしながら発話を行った。
2.タッピング法を用いた音読訓練:この訓練を行うことで、特定の速度で話すことができ、聴き手側に理解しやすい速度で会話を行うことができるようになる。方法としては、一音や一単語を話す際に机などを叩きながら発話を行った。
3.発声発語器官運動訓練:この訓練は発声器官の運動機能の向上や、筋力低下を防止する効果がある。方法としては、口の運動や、舌の運動、「パタカラ」の発声練習を行った。
【経過】デイケア開始時の評価では、礼節が保たれており、コミュニケーションをとることが可能で、理解面に大きな問題はなかった。口腔の動きは右麻痺の影響で左右差があり、舌の動きにも拙劣さがみられた。発話速度が速く、舌がついていかず発話が不明瞭になることが多かった。回復期病院からは、理学・作業療法の対象との紹介があったが、本人、家族より、「会話の際に聞き返されることが増え、会話を控えることが多くなった。」との発言が聞かれ、言語訓練を行って欲しいとの強い希望があった。本人が不安を感じている会話へのアプローチを行うことで、日常生活の質の改善への動機づけとなるのではと考え、主治医の指示を受け、言語訓練を開始した。評価時に作成した自己紹介文を音読し、一秒に何mora(仮名一文字のこと)話しているかの測定を行ったところ、発話速度は8.4mora/sだった。成人の発話速度は一般的に5~6mora/sとされており、また志村、筧(2012)による“健常高齢群における「普通」は6.1mora/s、「速い」は7.5mora/s”との報告より、平均よりも速いと評価した。会話を行う際に「ゆっくり話すように」と促したが、意識はするもののすぐに速くなってしまう傾向がみられた。訓練初期は手を動かしながらの音読が難しくタッピングが速くなり、それに伴って発話も速くなってしまう様子もみられたが、手本をみせながら行ったり、A様の手をSTが動かしたりして練習を重ねた結果、2週間後には自発的にタッピングしながら音読することができるようになった。ペーシングボードを使用する場合は枠一つで一音を発声するため、視覚的に理解しやすくタッピング法よりも発話速度の調整が容易であった。日常生活でも発話速度を意識できるよう、音読プリントとペーシングボードを提供し、自宅でも訓練を行うように促した。利用時に自宅での訓練の様子を再現していただき、改善点などを伝えた。
【結果】利用開始から3か月半後の再評価時に行った自己紹介文の音読速度は6.9mora/sという結果となった。訓練時には発話速度を意識する場面があり、発話が速くなってもSTの声かけによる調整で速度が安定する時間が増えた。舌の動きにも改善がみられ、不明瞭な発語が減少した。デイケア利用時には職員や他の利用者との会話が増え、その際に聞き取りにくさが減少している様子が観察できた。
【考察】今回は発声発語器官運動訓練と二種類の発話速度調整訓練を併用して行ったことにより、舌の動きに改善がみられ、また発話速度が遅くなり平均速度に近づいた。この両方の改善によって不明瞭さが軽減し、言葉がよりはっきりと伝わるようになった。訓練を重ねるごとに自身の考えや感情を表現するようになり、会話がスムーズに進むことが自信につながり会話意欲が高まったためと考えられる。
発話速度調整訓練については、本例はペーシングボードがタッピング法より調整がしやすかったが、タッピング法は手のひらや指先を使って場所等を選ばず適切な速度で発話が調整しやすいことから、併用して行った。実際自主的にタッピングをしながら話す様子が日常的にみられるようになったことから、この訓練方法が有効であったと考えられる。また、週2回のデイケアでのリハビリと、自宅での自主訓練とSTとの復習、確認を繰り返したことも、効果的であったと思われる。明瞭度向上に有効な訓練を複数組み合わせて行ったことと機会の確保が、機能と意欲の向上につながったと考えられる。
【参考文献】志村栄二、筧一彦:Dysarthria例の発話速度調整訓練に影響を与える要因の一考察、音声言語医学、53巻4号、2012