講演情報
[15-O-E001-05]過去に折り合いをつけて、今高齢者の回想には心理学的意味がある
*田中 伸生1 (1. 三重県 介護老人保健施設 鳥羽豊和苑)
利用者の傍に行きコミュニケーションの内容を記録に残した。話を聞くと過去の記憶が蘇り、会話の中から折り合いをつけて人生を送ってきたことが分かった。そして、折り合いをつけながら今、生活をしていることも分かった。
【はじめに】
当施設ユニット棟は5ユニットあり、1ユニット利用者10名のユニットである。介護現場において利用者とのコミュニケーション不足が指摘された。「まずは利用者の傍に行こう。」となった。情報共有も兼ね簡単なルールを決め、利用者と会話しその内容を指定の用紙に記録しファイリングした。このことを私たちは回想法だと思い込んだ。過去の老健大会においても回想法の取り組みの報告が発表されている。回想法の効果を深く知るために資料収集や文献検索をした。ファイリングした約30名は回想法とは言えるものではなかった。しかし、その中で利用者2名の会話から思い通りにならなかった人生・思い通りにならない人生に折り合いをつけながら生活を送っていることが明らかになったので報告する。
【目的】
利用者が過去を語ることの意味を明らかにする。
【方法】
5分程度でテーマは利用者が不快にならなければ何でも良い。話を無理強いしない。プライバシーに配慮する。内容が変わっても否定・指摘しない。話を遮らないと簡単なルールを決めた。
【期間・対象者】
期間:令和3年7月~12月(6か月)
対象者:当苑ユニット利用者35名
【結果】
M氏 89歳女性 介護度3 自立度B2 認知度IIIa HDS-R 6点前後
既往歴 糖尿病 胆管炎 高血圧 アルツハイマー型認知症 リウマチ性多発性筋痛症
約20年前に息子をそれ以前に夫と死別。糖尿病や胆管炎を発症し入退院6回・入退所6回繰り返す。息子死亡後急に気力なくなり歩行力低下、尿失禁、物忘れ発症。「わしは地元で海女やらしたら誰にも負けなんだわ人に負けるのが嫌いやった。」「こんな天気のいい日は今でも海に行きたい。」「わしにかかったら誰にも負けへんぐらいいっぱい獲ったわ、今まで他の人に負けたことないわ。」「ええ天気でも海に行けやんであかんわ。」「誰にも負けやんとこと思って一生懸命獲ったわ。」高笑い。
N氏 102歳女性 介護度4 自立度B2 認知度I HDS-R 4点
既往歴 脳挫傷 高血圧 脂質異常症 骨祖訴訟 腰痛症 右側頭円蓋部硬膜下血種
約30年前に夫と死別。97歳頃から短期健忘始まる、せん妄、気に入らないと物をぶつける。「ちょっとちょっと。」「なんか布ないか?」「服作ろうと思ってな、あんたの服も作ったろか?昔は子供や孫に作ったったんや。」真剣な表情。
【考察】
回想法では過去の思い出、すなわち「記憶」にアクセスすると言われている。2名の会話からM氏の「鮑獲りでわしにかかったら誰にも負けやんぐらいいっぱい獲ったわ。」N氏の「布ないか?あんたの服も作ったろか?昔はよう子供や孫に作ったったんや。」という発言は身体で覚えた手続き記憶であり、それを経験した時の様々な情報(時間、空間的文脈、自己の身体的・心理的状態など)のエピソード記憶にあたると考えられる。高齢者の回想には「過去と折り合いをつけて未来に向かう。」「生きてきた意味を再考し自尊心を高める。」などの心理学的意味があると言われる。自尊心には自己好意(自分自身を受け入れられるという感情的判断)と自己有能感(自分自身が有能で効力があると認められる感覚)の2つの側面で構成されていることを知った。両氏の発言において、自分自身の過去に誇りを持ち自己有能感が得られたと推察できる。そのことが折り合いをつけられることに繋がったと考えられる。思い通りにならなかった人生・思い通りにならない人生に折り合いをつけながら生活を送ってきたことが誇らしげな表情から想像できた。折り合いをつけることは人に言われてできることではなく自ら納得したことが折り合いに繋がると理解した。介護施設に入るにしても、自分でそれを選んだのか、それとも強制的に入れられたのかその相違は大きいと「ライフサイクル、その完結」の第9段階でジョアン・エリクソン氏は述べている。回想法は良き聞き手として共感的な姿勢で、心を込めて聞くことが大事であると理解できた。
【まとめ】
今回取り組んだことは回想法とは程遠いものであった。しかし、M氏、N氏2名の発言や表情から折り合いをつけることの大切さを教えてもらった。報告した2名以外の利用者もおそらく過去と折り合いをつけて現在を過ごしていると推察できる。私たちの聞く力・知識不足の為、良き聞き手としての同行者になれなかった。良き聞き手として今後コミュニケーションを図っていきたい。
当施設ユニット棟は5ユニットあり、1ユニット利用者10名のユニットである。介護現場において利用者とのコミュニケーション不足が指摘された。「まずは利用者の傍に行こう。」となった。情報共有も兼ね簡単なルールを決め、利用者と会話しその内容を指定の用紙に記録しファイリングした。このことを私たちは回想法だと思い込んだ。過去の老健大会においても回想法の取り組みの報告が発表されている。回想法の効果を深く知るために資料収集や文献検索をした。ファイリングした約30名は回想法とは言えるものではなかった。しかし、その中で利用者2名の会話から思い通りにならなかった人生・思い通りにならない人生に折り合いをつけながら生活を送っていることが明らかになったので報告する。
【目的】
利用者が過去を語ることの意味を明らかにする。
【方法】
5分程度でテーマは利用者が不快にならなければ何でも良い。話を無理強いしない。プライバシーに配慮する。内容が変わっても否定・指摘しない。話を遮らないと簡単なルールを決めた。
【期間・対象者】
期間:令和3年7月~12月(6か月)
対象者:当苑ユニット利用者35名
【結果】
M氏 89歳女性 介護度3 自立度B2 認知度IIIa HDS-R 6点前後
既往歴 糖尿病 胆管炎 高血圧 アルツハイマー型認知症 リウマチ性多発性筋痛症
約20年前に息子をそれ以前に夫と死別。糖尿病や胆管炎を発症し入退院6回・入退所6回繰り返す。息子死亡後急に気力なくなり歩行力低下、尿失禁、物忘れ発症。「わしは地元で海女やらしたら誰にも負けなんだわ人に負けるのが嫌いやった。」「こんな天気のいい日は今でも海に行きたい。」「わしにかかったら誰にも負けへんぐらいいっぱい獲ったわ、今まで他の人に負けたことないわ。」「ええ天気でも海に行けやんであかんわ。」「誰にも負けやんとこと思って一生懸命獲ったわ。」高笑い。
N氏 102歳女性 介護度4 自立度B2 認知度I HDS-R 4点
既往歴 脳挫傷 高血圧 脂質異常症 骨祖訴訟 腰痛症 右側頭円蓋部硬膜下血種
約30年前に夫と死別。97歳頃から短期健忘始まる、せん妄、気に入らないと物をぶつける。「ちょっとちょっと。」「なんか布ないか?」「服作ろうと思ってな、あんたの服も作ったろか?昔は子供や孫に作ったったんや。」真剣な表情。
【考察】
回想法では過去の思い出、すなわち「記憶」にアクセスすると言われている。2名の会話からM氏の「鮑獲りでわしにかかったら誰にも負けやんぐらいいっぱい獲ったわ。」N氏の「布ないか?あんたの服も作ったろか?昔はよう子供や孫に作ったったんや。」という発言は身体で覚えた手続き記憶であり、それを経験した時の様々な情報(時間、空間的文脈、自己の身体的・心理的状態など)のエピソード記憶にあたると考えられる。高齢者の回想には「過去と折り合いをつけて未来に向かう。」「生きてきた意味を再考し自尊心を高める。」などの心理学的意味があると言われる。自尊心には自己好意(自分自身を受け入れられるという感情的判断)と自己有能感(自分自身が有能で効力があると認められる感覚)の2つの側面で構成されていることを知った。両氏の発言において、自分自身の過去に誇りを持ち自己有能感が得られたと推察できる。そのことが折り合いをつけられることに繋がったと考えられる。思い通りにならなかった人生・思い通りにならない人生に折り合いをつけながら生活を送ってきたことが誇らしげな表情から想像できた。折り合いをつけることは人に言われてできることではなく自ら納得したことが折り合いに繋がると理解した。介護施設に入るにしても、自分でそれを選んだのか、それとも強制的に入れられたのかその相違は大きいと「ライフサイクル、その完結」の第9段階でジョアン・エリクソン氏は述べている。回想法は良き聞き手として共感的な姿勢で、心を込めて聞くことが大事であると理解できた。
【まとめ】
今回取り組んだことは回想法とは程遠いものであった。しかし、M氏、N氏2名の発言や表情から折り合いをつけることの大切さを教えてもらった。報告した2名以外の利用者もおそらく過去と折り合いをつけて現在を過ごしていると推察できる。私たちの聞く力・知識不足の為、良き聞き手としての同行者になれなかった。良き聞き手として今後コミュニケーションを図っていきたい。