Presentation Information
[T14-O-17]Quarrying Remains Found on Tatami-ishi, Ohjima Island, Kumejima Town, Okinawa Prefecture, and Their Cultural-Geological Value
*Norihito KAWAMURA1 (1. University of Hyogo)
Keywords:
Kumejima Town,Tatami-ishi,andesite,quarry,modern period
沖縄県久米島町字西奥武、奥武島の「畳石」は、久米島東方の奥武島の波食台に柱状節理の横断面が現れている安山岩の露頭で、国指定の天然記念物である。仲里村誌編集委員会[編](1975)には畳石の一部分が割り取られていると書かれている。また久米島町字謝名堂の郷土誌『謝名堂誌』(謝名堂誌編集委員会[編]、2015)には、奥武島の浜で墓用の石を切り取ったとある。採石地の位置は伝わっていないが、畳石の損壊部分は、近代における謝名堂の石工による採石跡の可能性がある。筆者はこのほど、畳石の損壊部分に採石跡があることを見出した。本発表では現地調査結果を述べ、久米島周辺地域における近代産業遺跡(火山岩採石)の新たな事例であることを報告する。
奥武島の基盤岩である安山岩は、大城(1976)により奥武島層と呼ばれ、バハアイト(アダカイト質高Mg安山岩;例えば、新城・加藤、1989)とされている.奥武島北海岸にみられる本岩は、斑晶鉱物はかんらん石・単斜輝石・角閃石・斜長石で(新城ほか、1991)、これらのうち斜長石は微斑晶である(新城・加藤、1988)。岩石の放射年代は6.08±0.46Ma(K−Ar年代)である(新城ほか、1991)。
奥武島の採石地の位置は、謝名堂誌編集委員会[編](2015)には「浜」としか記述がなく詳細が不明なので、同島の全海岸部を踏査して露岩の観察を行い、採石地跡の判定を行った。採石跡の判断基準は矢穴の存在とした。調査は潮位が相対的に低い、 2026 年 6 月16日~6月19日の干潮を挟み、その前後数時間に行った。
奥武島の南海岸に波食台は3カ所あり、これらを西から順に西部波食台、中部波食台、東部波食台と呼ぶことにする。採石跡(矢穴など)は西部と中部の波食台にみられる。そのほかの海岸部ではみられなかった。例えば中部波食台では、北西部分の凹地と海側に向かって開いた凹地、北東側の凹地の内外に採石の痕跡が認められる。
南西諸島では普遍的にみられる石灰岩を活用した石造文化についてはよく知られている。これまで久米島では、北西部の久米島町字大原や字北原にある近代の石灰岩採石地跡(沖縄県立埋蔵文化財センター、2017)が沿岸遺跡としてリストアップされているほか、島内に採石地跡が知られている(仲村、1992)。しかし、久米島やその近辺で産した安山岩を用いたほかの近代石造物やその石材産地については報告がなかった。畳石の採石地跡は産業遺跡であり、また南西諸島における地質資源と石造文化の理解を深めるための文化財である。謝名堂の石工によって製造された安山岩製石造物の発見が課題である。
文献
謝名堂誌編集委員会[編](2015)謝名堂誌.久米島町字謝名堂、659p.
仲村昌尚(1992)久米島の地名と民俗.『久米島の地名と民俗』刊行委員会、那覇、579p.
仲里村誌編集委員会[編](1975)仲里村誌.仲里村役場、344p.
沖縄県立埋蔵文化財センター(2017)沖縄県の水中遺跡・沿岸遺跡-沿岸地域遺跡分布調査報.沖縄県立埋蔵文化財センター調査報告書第87集、314p.
新城竜一・伴 雅雄・斎藤和男・加藤祐三(1991)琉球弧に産する高Mg安山岩および尖閣諸島の火山岩のK-Ar年代.岩鉱、第86巻第7号、323-328.
新城竜一・加藤祐三(1989)琉球列島奥武島産高マグネシウム安山岩の記載岩石学.岩鉱、第84巻第4号、122.
大城逸郎(1976)久米島の地質- 特に琉球石灰岩と完新世イリビシ石灰岩について.沖縄県立博物館紀要、第2号、1-17.
奥武島の基盤岩である安山岩は、大城(1976)により奥武島層と呼ばれ、バハアイト(アダカイト質高Mg安山岩;例えば、新城・加藤、1989)とされている.奥武島北海岸にみられる本岩は、斑晶鉱物はかんらん石・単斜輝石・角閃石・斜長石で(新城ほか、1991)、これらのうち斜長石は微斑晶である(新城・加藤、1988)。岩石の放射年代は6.08±0.46Ma(K−Ar年代)である(新城ほか、1991)。
奥武島の採石地の位置は、謝名堂誌編集委員会[編](2015)には「浜」としか記述がなく詳細が不明なので、同島の全海岸部を踏査して露岩の観察を行い、採石地跡の判定を行った。採石跡の判断基準は矢穴の存在とした。調査は潮位が相対的に低い、 2026 年 6 月16日~6月19日の干潮を挟み、その前後数時間に行った。
奥武島の南海岸に波食台は3カ所あり、これらを西から順に西部波食台、中部波食台、東部波食台と呼ぶことにする。採石跡(矢穴など)は西部と中部の波食台にみられる。そのほかの海岸部ではみられなかった。例えば中部波食台では、北西部分の凹地と海側に向かって開いた凹地、北東側の凹地の内外に採石の痕跡が認められる。
南西諸島では普遍的にみられる石灰岩を活用した石造文化についてはよく知られている。これまで久米島では、北西部の久米島町字大原や字北原にある近代の石灰岩採石地跡(沖縄県立埋蔵文化財センター、2017)が沿岸遺跡としてリストアップされているほか、島内に採石地跡が知られている(仲村、1992)。しかし、久米島やその近辺で産した安山岩を用いたほかの近代石造物やその石材産地については報告がなかった。畳石の採石地跡は産業遺跡であり、また南西諸島における地質資源と石造文化の理解を深めるための文化財である。謝名堂の石工によって製造された安山岩製石造物の発見が課題である。
文献
謝名堂誌編集委員会[編](2015)謝名堂誌.久米島町字謝名堂、659p.
仲村昌尚(1992)久米島の地名と民俗.『久米島の地名と民俗』刊行委員会、那覇、579p.
仲里村誌編集委員会[編](1975)仲里村誌.仲里村役場、344p.
沖縄県立埋蔵文化財センター(2017)沖縄県の水中遺跡・沿岸遺跡-沿岸地域遺跡分布調査報.沖縄県立埋蔵文化財センター調査報告書第87集、314p.
新城竜一・伴 雅雄・斎藤和男・加藤祐三(1991)琉球弧に産する高Mg安山岩および尖閣諸島の火山岩のK-Ar年代.岩鉱、第86巻第7号、323-328.
新城竜一・加藤祐三(1989)琉球列島奥武島産高マグネシウム安山岩の記載岩石学.岩鉱、第84巻第4号、122.
大城逸郎(1976)久米島の地質- 特に琉球石灰岩と完新世イリビシ石灰岩について.沖縄県立博物館紀要、第2号、1-17.
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