講演情報
[R1P-12]北西シリア後期鉄器時代の製鉄スラグの鉱物学的特徴
*黒澤 正紀1、英 佑馬2、西山 伸一3、津本 英利4 (1. 筑波大・生命環境、2. 筑波大院・地球、3. 中部大・人間力創成、4. 古代オリエント博)
キーワード:
スラグ、鉄製錬、後期鉄器時代、SEM-EDS、テル・マストゥーマ
人類発展の原動力となった金属鉄は、紀元前2千年頃の現トルコ地域で組織的な製錬が開始されて以降、広く普及した。鉄器の化学組成や組織分析は、当時の生産技術や社会構造を示す貴重な考古学的資料となるが、土中での深刻な腐食により情報が失われやすいという課題がある。一方、製錬副産物である製鉄スラグは耐食性が高く、ガラス相中の析出結晶や金属微粒子に当時の製錬技術や金属組成の情報を良好に保存している。したがって、古代製鉄技術の解明においてスラグは極めて重要な情報源である。本研究では、初期製鉄技術の伝播と地域的差異の解明を目的とし、鉄器時代後期の製鉄スラグの構成鉱物および製錬技術を検討した。
試料には、シリア北西部のテル・マストゥーマ遺跡における後期鉄器時代 (紀元前10~前7世紀頃)の文化層から出土した2 cm大の製鉄スラグ1点を用いた。当該遺跡は、当時、鉄鉱石の採掘や製錬が盛んであったトルコ側との交易の経由地に位置する。古代オリエント博物館(東京・池袋)による1980~1995年の発掘調査により、オリーブやブドウなどの果樹栽培を生業の一つの柱とする村落遺跡であることが判明している。大規模な製錬遺構は未発見だが、ルツボを用いた小規模な冶金痕跡、鉄器やスラグが出土している。先行研究*では、一部の鉄器内部に鋼の金属組織が残存することや、CaOあるいはSiO2に富む(ファヤライトを伴う)スラグ組成が示されている。本研究では、スラグ内部の微視的組織・構成物質・化学組成をSEM-EDSおよびXRDを用いて詳細に分析し、製錬条件を推定した。
分析の結果、スラグ内部は黒色亜金属光沢を呈し、多量のウスタイト樹枝状結晶と、その粒間を埋めるガラス相からなる典型的な製鉄スラグであることが分かった。XRDではウスタイトの回折ピークが卓越し、微量の磁鉄鉱などのピークが認められた。ガラス相中には、石灰岩や稀に滑石などの楕円形の微小な融け残り岩片が少量認められた。また、スラグ全体の組成は不均質であり、Mg-Caに富む領域とKに富む領域が接合していた。前者の領域にはMgO, CaO, SiO2等に富むウスタイトやライム(CaO)の析出結晶が、後者にはウスタイトとカルシライト(KAlSiO4)の結晶が認められた。さらに、ガラス相は局所的にP2O5濃度が高く、燐灰石が析出する領域も存在した。Mg-Caに富む領域は、造滓剤として人為的に投入された石灰石、および滑石などの影響と考えられる。石灰石は遺跡周辺に広く分布し、滑石などを供給し得るオフィオライトも遺跡の西30 kmに露出している。出土する磨製石器の多くがカンラン岩・蛇紋岩製であることからも、これらの超塩基性岩類を利用し得る環境にあったと言える。一方、Kはスラグに混入した燃料の木炭灰に由来する可能性が高い。析出結晶の鉱物組合せから推定される製錬温度は1200〜1300℃であった。また、結晶・ガラス相のいずれからもMnが検出されなかったことから、原料は西アジアに広く分布するFe-Mn型鉄鉱石ではないことが示唆される。本スラグの組成は全体としてFeO-CaO-MgO(-SiO2-Al2O3-K2O)系に属する。石灰石の添加によるCaOに富むスラグは、リンなどの不純物の除去能が高く、高純度な鉄の生産に適している。実際に本試料でもガラス相へのリンの吸収が確認された。以上より、シリア北西部では後期鉄器時代において、すでに石灰石などの造滓剤を巧妙に利用し、不純物を低減する高度な製錬技術を有していた可能性が示唆された。
*Akanuma, H. (2009) Memoirs of Ancient Orient Museum Vol. III., pp. 529-560, Tokyo, Ancient Orient Museum.
試料には、シリア北西部のテル・マストゥーマ遺跡における後期鉄器時代 (紀元前10~前7世紀頃)の文化層から出土した2 cm大の製鉄スラグ1点を用いた。当該遺跡は、当時、鉄鉱石の採掘や製錬が盛んであったトルコ側との交易の経由地に位置する。古代オリエント博物館(東京・池袋)による1980~1995年の発掘調査により、オリーブやブドウなどの果樹栽培を生業の一つの柱とする村落遺跡であることが判明している。大規模な製錬遺構は未発見だが、ルツボを用いた小規模な冶金痕跡、鉄器やスラグが出土している。先行研究*では、一部の鉄器内部に鋼の金属組織が残存することや、CaOあるいはSiO2に富む(ファヤライトを伴う)スラグ組成が示されている。本研究では、スラグ内部の微視的組織・構成物質・化学組成をSEM-EDSおよびXRDを用いて詳細に分析し、製錬条件を推定した。
分析の結果、スラグ内部は黒色亜金属光沢を呈し、多量のウスタイト樹枝状結晶と、その粒間を埋めるガラス相からなる典型的な製鉄スラグであることが分かった。XRDではウスタイトの回折ピークが卓越し、微量の磁鉄鉱などのピークが認められた。ガラス相中には、石灰岩や稀に滑石などの楕円形の微小な融け残り岩片が少量認められた。また、スラグ全体の組成は不均質であり、Mg-Caに富む領域とKに富む領域が接合していた。前者の領域にはMgO, CaO, SiO2等に富むウスタイトやライム(CaO)の析出結晶が、後者にはウスタイトとカルシライト(KAlSiO4)の結晶が認められた。さらに、ガラス相は局所的にP2O5濃度が高く、燐灰石が析出する領域も存在した。Mg-Caに富む領域は、造滓剤として人為的に投入された石灰石、および滑石などの影響と考えられる。石灰石は遺跡周辺に広く分布し、滑石などを供給し得るオフィオライトも遺跡の西30 kmに露出している。出土する磨製石器の多くがカンラン岩・蛇紋岩製であることからも、これらの超塩基性岩類を利用し得る環境にあったと言える。一方、Kはスラグに混入した燃料の木炭灰に由来する可能性が高い。析出結晶の鉱物組合せから推定される製錬温度は1200〜1300℃であった。また、結晶・ガラス相のいずれからもMnが検出されなかったことから、原料は西アジアに広く分布するFe-Mn型鉄鉱石ではないことが示唆される。本スラグの組成は全体としてFeO-CaO-MgO(-SiO2-Al2O3-K2O)系に属する。石灰石の添加によるCaOに富むスラグは、リンなどの不純物の除去能が高く、高純度な鉄の生産に適している。実際に本試料でもガラス相へのリンの吸収が確認された。以上より、シリア北西部では後期鉄器時代において、すでに石灰石などの造滓剤を巧妙に利用し、不純物を低減する高度な製錬技術を有していた可能性が示唆された。
*Akanuma, H. (2009) Memoirs of Ancient Orient Museum Vol. III., pp. 529-560, Tokyo, Ancient Orient Museum.
