講演情報

[R2-02]後方散乱電子輸送と動力学的回折理論を統合したEBSDシミュレーションの開発と鉱物科学への応用

*瀬戸 雄介1、大山 悠伎崚1 (1. 大阪公立大学)

キーワード:

電子後方散乱回折、動力学計算、後方散乱電子

岩石を構成する鉱物の結晶相・結晶方位・微細組織は、岩石の生成環境や変形・変成履歴あるいは地震波速度異方性を解釈するために最も重要な情報である。これらを結晶粒スケールで取得する最も強力な手法がSEM-EBSD法であるが、その信頼性は本質的にリファレンスとなるシミュレーションパターンの正確さに依存する。実際、地質試料の指数付けはしばしば困難なことがあり、成功率は例えば蛇紋石で高々70%程度 [1]、滑石では10–20%程度 [2] に留まる。指数付けの成否が結晶方位に依存すれば解析結果には系統的なバイアスが生じ、そこから導かれる岩石学的解釈も誤ったものとなる。この困難の根本には、現在普及している解析ソフトウェアの多くが運動学的近似に基づいており、本来の動力学的回折がもたらすバンドの明暗コントラストや位置・湾曲の変化を再現できないという問題がある。さらに実際のEBSDパターン強度は、回折現象だけでなく、後方散乱電子 (BSE) が試料内で損失するエネルギー・最後の非弾性散乱の深さ・射出方位の分布にも支配される。したがってパターンを物理的に正しく予測するためには、電子輸送過程と動力学的回折とを統一的に取り扱う理論的枠組みが不可欠である。

本研究では、この問題を (i) BSEの輸送、(ii) 結晶内での動力学的回折、(iii) 検出器面への投影、という3つの過程に分解し、それぞれを物理モデルに基づいて計算する手法を開発した。(i) では、弾性散乱にはMott断面積、非弾性散乱には誘電応答モデルを用いたモンテカルロ法により数百万個の電子軌跡を追跡し、BSEの射出方位・エネルギー・深さの分布を求めた。動力学計算に取り込むべきエネルギー・深さの範囲は、この分布から自動決定される。(ii) では、相反定理に基づいてEBSDの出射問題を等価な入射問題へ変換した上で、Bloch波法により後方散乱回折強度の全方位分布 (master pattern) をエネルギー・深さごとに計算し、Rosca–Lambert等積投影格子上に保持する。Bloch波の導出は固有値問題に帰着するが、著者らが開発した高速アルゴリズム [3] の応用により現実的な計算時間で実行可能であり、非局所吸収や熱散漫散乱 (TDS) 由来のバックグラウンドの効果も選択的に取り込める。(iii) では、検出器の各画素が見込む結晶方向についてmaster patternを補間し、BSEの方位・エネルギー・深さ分布で重み付けして菊池パターンを合成する。

一連の計算はオープンソース結晶学ソフトウェアReciPro [3] 上に実装しており、結晶構造データベースと直結して任意の鉱物相のパターンを直ちに計算が可能である。また、従来の幾何学的シミュレーションでは扱えなかった、化学組成・吸収・加速電圧・試料傾斜がバンドの可視性やコントラストに及ぼす影響を定量的に評価できるため、多成分・低対称・重元素を含む鉱物の相同定の信頼性向上や、実測に先立つ測定条件の最適化に有効である。とくに、化学組成に起因して菊池バンドの鮮鋭度 (band slope) が本質的に低い鉱物に対しても、BSE輸送を正確に取り扱う本手法は、その不鮮明なパターンを不鮮明なまま正しく再現できる。妥当性の検証として、主要な造岩鉱物について実測EBSDパターンとのピクセル単位の画像比較を実施し、良好な一致を確認した。また、動力学パターン上に菊池線・バンド指数・晶帯軸指数を重ね描きし、試料・検出器・結晶軸の幾何配置を3次元的に確認できるほか、結晶方位が構造ビューアやステレオネットと同期するため、実空間・逆空間・方位空間の対応を直感的に理解する教材としても有用である。本手法の主眼は、経験的な補正に頼ることなく「観測されるべきパターン」を物理モデルから導出し、解析における判断根拠を客観化することにある。本発表では計算手順と検証結果を示すとともに、指数付けの困難な鉱物の解析への応用に向けた展望を議論する。

[1] Nagaya, Wallis, Seto, et al. Journal of Structural Geology 95, 127–141, 2017. [2] Nagaya, Okamoto, Oyanagi, Seto, et al. American Mineralogist 105, 873–893, 2020. [3] Seto & Ohtsuka. Journal of Applied Crystallography 55, 397–410, 2022.