講演情報
[R2-11]分子動力学計算を用いたケイ酸カルシウム水和物(C-S-H)中の水分子の振動状態および配向解析
*安松 太陽1、吉田 亮1、小林 亮2 (1. 名工大・院環境、2. 名工大・院応物)
キーワード:
C-S-H、分子動力学、Tobemorite、界面水
ケイ酸カルシウム水和物(calcium silicate hydrate:C-S-H)は、ポルトランドセメントの水和反応により生成する主要な水和物であり、低結晶性・無秩序なゲル状構造を有する。C-S-Hはセメント硬化体の主要構成相であるため、コンクリートの収縮やクリープなどの時間依存変形および劣化現象に深く関与している。したがって、コンクリート構造物の長期性能や耐久性を評価する上で、C-S-Hの基礎的理解は不可欠である。
近年、C-S-Hに関する基礎研究として、¹H NMR[1]、QENS[2]、INS[3]などの実験手法を用いて、C-S-H内部のナノ空隙に存在する水分子の状態や運動性に関する研究が行われている。C-S-H中の水分子を理解することは、C-S-H内部に存在するナノスケール空隙の構造や性質を理解することにつながり、最終的にはセメント硬化体の物性変化や耐久性の予測に寄与すると考えられる。しかしながら、C-S-Hは複雑な低結晶性構造を有しており、その内部には形状や大きさの異なる多様な空隙が存在する。また、それぞれの空隙内には運動性の異なる水分子が存在しているため、C-S-H中の水分子の分類や解釈には依然として多くの議論が残されている。例えば、NMR[1]による実験では、C-S-H中の水が層間水やゲル細孔水などに分類されている。しかし、同一の分類に含まれる水分子であっても、結晶層近傍に存在する水分子と空隙中央部に存在する水分子では、局所環境や運動状態が異なる。したがって、NMRに基づく分類だけでは、局所環境の違いに起因する水分子の運動状態の差異を十分に反映できていない可能性がある。
本研究では、実験のみでは直接把握しにくいC-S-H中の水分子の局所環境および動的性質を理論的に理解するために、分子動力学法を用いて水分子の運動状態を解析した。具体的には、水分子の振動状態および配向に着目した。C-S-Hは14 Å tobermoriteやjenniteに類似した層状構造を持つこと[4][5]が知られており、本研究ではRichardsonらが提案したtobermorite構造モデル[6]を基に、層間距離を30 Åとした原子モデルを用いた。MD計算にはLAMMPS[7]を用い、力場にはClayFF[8]を適用した。エネルギー最小化の後、NVTアンサンブルで20 ps緩和し、続いてNVEアンサンブルで40 psの計算を行った。NVE計算から得られた速度データを用いて、水素原子の振動状態を表すPhonon DOS(PDOS)を算出した[9]。また、層間領域における水分子の配向は、分子配向ベクトルとz軸とのなす角度から算出し、酸素原子の位置に基づいてz方向に平均化した2次配向秩序パラメータ〈P₂〉(z)を用いて評価した。
PDOSの結果から、結晶層近傍に存在する水分子に対応する青色のスペクトルは、他の2種類の水分子に対応する橙色および緑色のスペクトルと比較して、特に低波数域で異なる形状を示すことが確認された。また、配向解析の結果、結晶層近傍に存在する水分子ではP₂の値が1に近づく領域が見られ、水分子双極子がz軸方向に配向する傾向が示された。これらの結果から、結晶層近傍の水分子は、結晶層Caとの相互作用により運動が拘束され、層間中央部に存在する水分子とは異なる振動状態および配向状態を有する可能性がある。このような水分子は界面水に相当すると考えられる。界面水の特異性については、Zhakiyevaらの非弾性中性子散乱(INS)測定[3]において、C-(A)-S-H中の界面水がバルクの水とは異なる振動状態を有することが示唆されている。本研究の結果は、C-S-H中の界面水の動的性質を原子スケールで理解する上で有用な知見を与えるものである。
[1] Muller et al. J. Phys. Chem. C 2013, 117, 403–412.
[2] Bordallo et al. J. Phys. Chem. B 2006, 110, 17966–17976.
[3] Zhakiyeva et al. Cem. Concr. Res. 2024, 184, 107616.
[4] Taylor, J. Am. Ceram. Soc. 1986, 69, 464–467.
[5] Richardson and Groves, Cem. Concr. Res. 1992, 22, 1001–1010.
[6] Richardson, Acta Crystallogr. B 2014, 70, 903–923.
[7] Thompson et al. Comput. Phys. Commun. 2022, 271, 108171.
[8] Cygan et al. J. Phys. Chem. B 2004, 108, 1255–1266.
[9] Schmerler, elcorto/pwtools: 1.3.0, Zenodo, 2024.
近年、C-S-Hに関する基礎研究として、¹H NMR[1]、QENS[2]、INS[3]などの実験手法を用いて、C-S-H内部のナノ空隙に存在する水分子の状態や運動性に関する研究が行われている。C-S-H中の水分子を理解することは、C-S-H内部に存在するナノスケール空隙の構造や性質を理解することにつながり、最終的にはセメント硬化体の物性変化や耐久性の予測に寄与すると考えられる。しかしながら、C-S-Hは複雑な低結晶性構造を有しており、その内部には形状や大きさの異なる多様な空隙が存在する。また、それぞれの空隙内には運動性の異なる水分子が存在しているため、C-S-H中の水分子の分類や解釈には依然として多くの議論が残されている。例えば、NMR[1]による実験では、C-S-H中の水が層間水やゲル細孔水などに分類されている。しかし、同一の分類に含まれる水分子であっても、結晶層近傍に存在する水分子と空隙中央部に存在する水分子では、局所環境や運動状態が異なる。したがって、NMRに基づく分類だけでは、局所環境の違いに起因する水分子の運動状態の差異を十分に反映できていない可能性がある。
本研究では、実験のみでは直接把握しにくいC-S-H中の水分子の局所環境および動的性質を理論的に理解するために、分子動力学法を用いて水分子の運動状態を解析した。具体的には、水分子の振動状態および配向に着目した。C-S-Hは14 Å tobermoriteやjenniteに類似した層状構造を持つこと[4][5]が知られており、本研究ではRichardsonらが提案したtobermorite構造モデル[6]を基に、層間距離を30 Åとした原子モデルを用いた。MD計算にはLAMMPS[7]を用い、力場にはClayFF[8]を適用した。エネルギー最小化の後、NVTアンサンブルで20 ps緩和し、続いてNVEアンサンブルで40 psの計算を行った。NVE計算から得られた速度データを用いて、水素原子の振動状態を表すPhonon DOS(PDOS)を算出した[9]。また、層間領域における水分子の配向は、分子配向ベクトルとz軸とのなす角度から算出し、酸素原子の位置に基づいてz方向に平均化した2次配向秩序パラメータ〈P₂〉(z)を用いて評価した。
PDOSの結果から、結晶層近傍に存在する水分子に対応する青色のスペクトルは、他の2種類の水分子に対応する橙色および緑色のスペクトルと比較して、特に低波数域で異なる形状を示すことが確認された。また、配向解析の結果、結晶層近傍に存在する水分子ではP₂の値が1に近づく領域が見られ、水分子双極子がz軸方向に配向する傾向が示された。これらの結果から、結晶層近傍の水分子は、結晶層Caとの相互作用により運動が拘束され、層間中央部に存在する水分子とは異なる振動状態および配向状態を有する可能性がある。このような水分子は界面水に相当すると考えられる。界面水の特異性については、Zhakiyevaらの非弾性中性子散乱(INS)測定[3]において、C-(A)-S-H中の界面水がバルクの水とは異なる振動状態を有することが示唆されている。本研究の結果は、C-S-H中の界面水の動的性質を原子スケールで理解する上で有用な知見を与えるものである。
[1] Muller et al. J. Phys. Chem. C 2013, 117, 403–412.
[2] Bordallo et al. J. Phys. Chem. B 2006, 110, 17966–17976.
[3] Zhakiyeva et al. Cem. Concr. Res. 2024, 184, 107616.
[4] Taylor, J. Am. Ceram. Soc. 1986, 69, 464–467.
[5] Richardson and Groves, Cem. Concr. Res. 1992, 22, 1001–1010.
[6] Richardson, Acta Crystallogr. B 2014, 70, 903–923.
[7] Thompson et al. Comput. Phys. Commun. 2022, 271, 108171.
[8] Cygan et al. J. Phys. Chem. B 2004, 108, 1255–1266.
[9] Schmerler, elcorto/pwtools: 1.3.0, Zenodo, 2024.

