講演情報

[R3-04]高温高圧下におけるイルメナイトの熱電特性と月古磁場の起源

*芳野 極1、森 嘉久2、辻本 晃也2、下根 有理2、高木 彪1 (1. 岡山大学惑星物質研究所、2. 岡山理科大学)

キーワード:

イルメナイト、磁場、月、電気伝導度、ゼーベック効果

アポロサンプルが示す約39〜30億年前の強い月古磁気(1~100 µT)の起源は、月惑星科学における長年の謎である。従来の流体コアダイナモ説では、小さな月コアの熱対流だけではこの強磁場を維持できないという熱進化上の矛盾(月のパラドックス)が存在した。本研究では、月震学的に月コア・マントル境界(CMB)直上に存在が示唆されている「厚いイルメナイト富化層(低速度層: LVZ)」に着目し、その表裏の熱的非対称性が生み出す熱電効果(ゼーベック効果)によって、コアダイナモを必要としない新しい月磁場発生メカニズム(熱電ダイナモモデル)を提案し、その成立条件を実験および数値計算から検証した。月のCMB領域に相当する高温高圧・強い還元環境(DW ~ -2)を再現可能な、二重ヒーター型高圧セルアセンブリを用いて、イルメナイト(FeTiO3)サンプルの電気伝導度(σ)およびゼーベック係数(S)の温度依存性を精密に測定した。得られた物性値を基に、ビオ・サバールの法則に基づく球殻状の熱電駆動電流モデルを構築し、月表面で達成される磁場強度(B)の定量的評価を行った。実験の結果、月のCMB温度域(> 1500 K)において、イルメナイトはσ ~ 8,000 S/mという極めて高い電気伝導度を示し、同時に最大-300 µV/Kに達する堅牢な負のゼーベック係数(n型半導体挙動)を発現することを発見した。通常の鉄酸化物における Fe2+ - Fe3+ホッピング伝導は正(p型)の係数を示すため、この大きな負の値は、月の高度な還元環境によって生成された Ti3+ - Ti4+間の小さなポーラロンホッピング伝導が優勢である物理的証拠である。この実測値と、月震学的な低速度層の厚み(d = 100 ~ 200 km)、およびPKT(プロセララム・クリープ・テレーン)熱異常に起因する表裏の温度差(ΔT ~ 400 K)を地球物理モデルに組み込んだ結果、月表面において5~12 µTの磁場が自然に誘起されることが判明した(全電流量 52 MA、電流密度 0.86 µA/m2)。これはアポロサンプルの磁場記録を説明できる値である。さらに、月が冷えて温度差が ΔT = 200 Kに減衰すると、表面磁場は1~3 µTまで低下し、アポロデータの時代減衰傾向とも極めて美しく調和する。本成果は、微視的な鉱物物性が天体規模の地質現象(古磁場)を駆動する新しいパラダイムを提示するものである。