講演情報
[R4-14]方解石キラル表面におけるアラニンの鏡像選択的吸着の分子動力学解析
*粟野 公耀1、興野 純2、池田 伊吹3、癸生川 陽子3 (1. 筑波大学・院生命地球科学、2. 筑波大学・生命環境系、3. 東京科学大・院理)
キーワード:
生命の起源、アストロバイオロジー、炭素質コンドライト、鏡像異性体、⽔熱変成
【はじめに】
小天体や惑星,星間空間といった宇宙環境での有機物の⽣成と進化のメカニズムは,アストロバイオロジーの重要な研究課題である.特に,炭素質コンドライトは,ホルムアルデヒドやアミノ酸,糖類など多様な有機化合物を含み,地球外から供給された⽣命の起源物質として注目されている.太陽系形成初期において,炭素質コンドライトの⺟天体では,氷が26Alなどの短寿命放射性核種の崩壊熱によって融解し,⽔熱変成が⽣じていたと考えられている.このような⽔熱環境を模擬する実験では,ホルムアルデヒド(F)とアンモニア(A),⽔(W)を異なる⽐率で混合したFAW溶液に鉱物を添加し,加熱することでアミノ酸の⽣成が促進され,鉱物が化学反応の触媒的役割を果たしていることが示されている(Elmasry et al.,2021) .さらに,我々の最近の研究では,鏡像異性体関係にある方解石のキラル表面(3-11面/211面)において,生成したアミノ酸の D/L 比が,表面構造に依存して変動することが明らかになった.本研究では,分子動力学計算を用いて,方解石キラル表面におけるアミノ酸の吸着安定性の発生メカニズムを明らかにすることを目的に行った.
【実験方法】
本研究では,分子動力学プログラムLAMMPS(Thompson et al., 2022)を用いて0Kにおける静的エネルギー最小化計算を実施した. 方解石の(211)面を露出させたスラブモデルを構築し, 表面上に双性イオン型のD-またはL-アラニン分子を1分子配置した. 水分子にはTIP3Pモデルを用いた. スラブ底層の原子を固定し, 共役勾配法によるエネルギー最小化を行うことで静的な吸着構造を得た. 力場には,方解石-水系にBuckingham型ポテンシャル(Raiteri & Gale2010)を, アラニン分子内部にはAmber ff99sb-ILDNを適用した.また,アラニン-方解石間の相互作用にはクロスタームパラメータ(Stepić et al. 2020)を用いた. 長距離静電相互作用の評価にはEwald法を用いた. D体およびL体アラニンについて,x,y,z各軸まわりに45°刻みで回転させ合計512通りの初期配向を設定し,それぞれについてエネルギー最小化計算を行った.得られた吸着エネルギーから,鏡像選択的吸着エネルギー差をΔΔEads = ΔEads(D) − ΔEads(L)として算出した.
【結果と考察】
静的エネルギー最小化計算の結果, ΔΔEadsの平均値は-1.88 kcal/molとなり,Asthagiri & Hazen (2007)が報告した0.8 kcal/molよりもやや大きい値を示した. この差は, 先行研究がアラニンを中性分子として扱い, かつ真空系を用いていることに起因していると考えられる.また,ΔΔEadsが負の値を示すことは, (211)面においてD体がL体よりも安定的に吸着することを意味している.これは, 実験で観測されたD/L比の傾向と定性的には一致するが, このエネルギー差は実験で観測されるエナンチオマー過剰を説明するには小さく, アラニンの配向依存性のみでは面キラリティー効果を十分に説明することはできない. 鏡像選択的吸着エネルギー差は,アラニン分子の配向に応じて系統的に変化しており, カルボキシル基およびアンモニウム基と,方解石表面のCa²⁺およびCO₃基との静電相互作用が配向ごとの吸着安定性差を生み出していると考えられる. NH4+イオンと方解石表面の幾何学的関係を解析した結果, NH4+イオンが(211)表面の酸素原子が形成する三角形配置の重心付近に位置した場合, 3本のN-H結合が酸素原子にN-H···O型の水素結合する配置が幾何学的に成立することが明らかとなった. このことは, NH4+イオンがアミノ酸生成に先立って方解石表面に吸着し, アンカーとして働くことで鏡像選択的な反応場を提供している可能性を示唆している. この解釈は, FAW系実験においてアンモニアの割合が高いほどアミノ酸の生成量が増加した結果とも整合的である.以上より,方解石表面の原子配列に起因する吸着安定性差に加え,NH4+イオンのアンカー効果が, アミノ酸のキラリティー選択の分子論的起源となり得ることが示唆された.吸着段階と生成段階の双方で,結晶面に依存する鏡像選択性が働くことで,より大きなエナンチオマー過剰が生じる可能性が考えられる.
小天体や惑星,星間空間といった宇宙環境での有機物の⽣成と進化のメカニズムは,アストロバイオロジーの重要な研究課題である.特に,炭素質コンドライトは,ホルムアルデヒドやアミノ酸,糖類など多様な有機化合物を含み,地球外から供給された⽣命の起源物質として注目されている.太陽系形成初期において,炭素質コンドライトの⺟天体では,氷が26Alなどの短寿命放射性核種の崩壊熱によって融解し,⽔熱変成が⽣じていたと考えられている.このような⽔熱環境を模擬する実験では,ホルムアルデヒド(F)とアンモニア(A),⽔(W)を異なる⽐率で混合したFAW溶液に鉱物を添加し,加熱することでアミノ酸の⽣成が促進され,鉱物が化学反応の触媒的役割を果たしていることが示されている(Elmasry et al.,2021) .さらに,我々の最近の研究では,鏡像異性体関係にある方解石のキラル表面(3-11面/211面)において,生成したアミノ酸の D/L 比が,表面構造に依存して変動することが明らかになった.本研究では,分子動力学計算を用いて,方解石キラル表面におけるアミノ酸の吸着安定性の発生メカニズムを明らかにすることを目的に行った.
【実験方法】
本研究では,分子動力学プログラムLAMMPS(Thompson et al., 2022)を用いて0Kにおける静的エネルギー最小化計算を実施した. 方解石の(211)面を露出させたスラブモデルを構築し, 表面上に双性イオン型のD-またはL-アラニン分子を1分子配置した. 水分子にはTIP3Pモデルを用いた. スラブ底層の原子を固定し, 共役勾配法によるエネルギー最小化を行うことで静的な吸着構造を得た. 力場には,方解石-水系にBuckingham型ポテンシャル(Raiteri & Gale2010)を, アラニン分子内部にはAmber ff99sb-ILDNを適用した.また,アラニン-方解石間の相互作用にはクロスタームパラメータ(Stepić et al. 2020)を用いた. 長距離静電相互作用の評価にはEwald法を用いた. D体およびL体アラニンについて,x,y,z各軸まわりに45°刻みで回転させ合計512通りの初期配向を設定し,それぞれについてエネルギー最小化計算を行った.得られた吸着エネルギーから,鏡像選択的吸着エネルギー差をΔΔEads = ΔEads(D) − ΔEads(L)として算出した.
【結果と考察】
静的エネルギー最小化計算の結果, ΔΔEadsの平均値は-1.88 kcal/molとなり,Asthagiri & Hazen (2007)が報告した0.8 kcal/molよりもやや大きい値を示した. この差は, 先行研究がアラニンを中性分子として扱い, かつ真空系を用いていることに起因していると考えられる.また,ΔΔEadsが負の値を示すことは, (211)面においてD体がL体よりも安定的に吸着することを意味している.これは, 実験で観測されたD/L比の傾向と定性的には一致するが, このエネルギー差は実験で観測されるエナンチオマー過剰を説明するには小さく, アラニンの配向依存性のみでは面キラリティー効果を十分に説明することはできない. 鏡像選択的吸着エネルギー差は,アラニン分子の配向に応じて系統的に変化しており, カルボキシル基およびアンモニウム基と,方解石表面のCa²⁺およびCO₃基との静電相互作用が配向ごとの吸着安定性差を生み出していると考えられる. NH4+イオンと方解石表面の幾何学的関係を解析した結果, NH4+イオンが(211)表面の酸素原子が形成する三角形配置の重心付近に位置した場合, 3本のN-H結合が酸素原子にN-H···O型の水素結合する配置が幾何学的に成立することが明らかとなった. このことは, NH4+イオンがアミノ酸生成に先立って方解石表面に吸着し, アンカーとして働くことで鏡像選択的な反応場を提供している可能性を示唆している. この解釈は, FAW系実験においてアンモニアの割合が高いほどアミノ酸の生成量が増加した結果とも整合的である.以上より,方解石表面の原子配列に起因する吸着安定性差に加え,NH4+イオンのアンカー効果が, アミノ酸のキラリティー選択の分子論的起源となり得ることが示唆された.吸着段階と生成段階の双方で,結晶面に依存する鏡像選択性が働くことで,より大きなエナンチオマー過剰が生じる可能性が考えられる.
