講演情報
[R8-07]熱年代学とthermokinematicモデリングから探る大陸衝突帯における高度変成岩の上昇・削剥過程
*中嶋 徹1、河上 哲生2 (1. 富山大学、2. 京都大学)
キーワード:
衝突帯、ヒマラヤ、フィッション・トラック、削剥
現行の大陸衝突帯であるヒマラヤには、中~下部地殻由来の高度変成岩類で構成される Higher Himalayan Crystalline(HHC)が広域的に分布している。HHCがどのようなテクトニクスで上部地殻へ移動し、どの程度の速度で削剥されたのか、またその上昇・削剥過程が山地地形の形成とどのように関係しているのかを明らかにすることは、衝突型造山帯の発達過程を理解するうえで重要である。本講演では、ネパールヒマラヤに分布するHHCに対し、低温熱年代学とthermokinematicモデリングを組み合わせたアプローチを適用し、高度変成岩ナップの削剥過程を定量的に制約した研究例を紹介する。ネパールヒマラヤの地質はプレート境界断層を基底断層とする複数のスラストシートから構成される。HHCは下位の非変成〜低度変成岩類に100 km以上に渡ってオーバースラストし、大規模なナップ構造(HHCナップ)を形成している。本研究では東ネパールに分布するHHCナップについて、弧直交方向に連続的に岩石試料を採取し、それらの冷却履歴(t-T path)を復元することで、HHCナップの削剥過程を検討した。岩石のt-T pathは、熱年代学的手法によって制約できる。特にフィッション・トラック(FT)法では、FT年代に加えてFT長分布を解析することで、特定の温度領域におけるt-T pathを高い時間分解能で復元できる。ジルコンFT系は240–350°C、アパタイトFT系は60–120°Cの温度領域に感度をもつため、両者を組み合わせた逆解析により、約60–350°Cの広い温度領域におけるt-T pathを制約できる。東ネパールのHHCナップにこの手法を適用した結果、1. HHCが従来考えられていた単調冷却ではなく、徐冷と急冷を交互に繰り返しながら冷却してきたこと、2. 急冷の時期が弧直交方向で系統的に変化すること、が明らかになった(Nakajima et al., 2022)。このような複雑な実測t-T pathをテクトニクスの文脈で解釈するため、筆者らはthermokinematicモデルを用いて、複数のテクトニックプロセスを数理的に再現し、それぞれのモデルから予測されるt-T pathを実測t-T pathと比較した。その結果、東ネパールで得られた複雑な実測t-T pathは、「屈曲した形状のプレート境界断層の活動に伴い、HHCナップが南にオーバースラストしながら上昇・削剥される」という比較的単純なテクトニックプロセスで説明できることが明らかになった(Nakajima et al., 2022)。また、このテクトニックモデルに基づき、プレート境界断層の形状やオーバースラスト速度を変数とし、実測t-T pathを最もよく再現するパラメータ範囲を探索した。その結果、推定されたプレート境界断層の形状やオーバースラスト速度、HHCナップの削剥速度分布が、地球物理学的な観測値や山地地形の空間パターンとよく対応することが明らかになった(Nakajima et al., 2023)。以上の結果は、FT年代およびFT長データに基づくt-T path復元と、thermokinematicモデリングによる定量的検討を組み合わせることで、高度変成岩の削剥過程を高い時間・空間解像度で制約できることを示している。熱年代データは単なる冷却年代ではなく、造山帯内部の断層運動、変成岩の上昇・削剥、山地地形の形成を結びつける定量的制約条件として利用可能である。さらに、低温熱年代学で制約される浅部地殻の冷却履歴を、petrochronologyや相平衡解析などによって復元される高温・深部側の変成履歴と接続することで、地殻深部から地表付近に至る物質移動をより連続的に追跡できる可能性がある。今後は、熱年代学的手法と変成岩岩石学的手法を統合し、変成作用・上昇・削剥を一連のP-T-t pathとして復元することが、造山運動の包括的理解に向けて重要になる。
