講演情報
[R8P-03]炭質物ラマンスペクトルのレーザー波長依存性の検討:多波長レーザーに対応した炭質物地質温度計に向けて
*中村 佳博1、金木 俊也1 (1. 産業技術総合研究所)
キーワード:
炭質物、石墨、顕微ラマン分光法
顕微ラマン分光法を用いた炭質物の結晶構造評価は、岩石中の微小な炭質物粒子を非破壊的かつ高精度に分析できるため、地質温度計として広く利用されている。しかし、炭質物ラマンスペクトルには顕著なレーザー波長依存性 (Wang et al. 1990, Ferrari and Robertson, 2000)が知られており、励起レーザーの違いによってDバンドのラマンシフト位置と強度に大きな変化が生じる。そのため従来の温度校正式で、すべてのレーザー波長に対して普遍的に地質温度計を適用することができない。この制約は、炭質物自身または周囲の鉱物に由来する蛍光バックグラウンドを回避する必要がある場合に特に大きな問題となる。したがって、高精度な変成温度推定のためには、試料ごとに最適なレーザー波長を選択し、最も高いS/N比が得られる分析条件で地質温度計を適用すべきである。
そこで本研究では、我々が開発した多波長レーザー顕微ラマン分光装置を用いて、異なる変成温度で形成された天然炭質物のラマンスペクトルが示すレーザー波長依存性を系統的に評価した。解析にはNakamura et al. (2026)で使用した、約160–650 °Cの変成温度履歴を有する代表的な天然炭質物を用いた。測定には266 nm、488 nm、532 nm、633 nm、785 nmのレーザーを使用し、深紫外から近赤外領域までの広い波長範囲を対象とした。装置間誤差の影響を最小限に抑えるため、測定には同一の分光器および検出器を用いた。ただし、各レーザー波長における測定波長域および検出感度を最適化するため、回折格子および対物レンズは各波長に適したものに交換した。各波長で得られたラマンスペクトルを比較した結果、レーザー波長の違いによって主に二つの影響が認められた。第一に、炭質物由来の自家蛍光バックグラウンドである。この蛍光成分は680–700 nm付近に中心を持つ広い発光として現れ、蛍光バックグラウンドの影響によってD1-bandの半値幅が増大する傾向がある。この影響は、赤色から近赤外領域のレーザーを用いた場合に特に顕著であった。第二に、D1-bandの中心位置および強度の波長依存性である。既に先行研究で報告されているように、励起レーザー波長が短くなるにつれてD1-bandの中心位置は高波数側へシフトした。同一試料におけるラマンシフト幅は、約340°C(Ks356)の試料で約187 cm⁻¹に達した。さらに、D1-band強度はレーザー波長が短くなるにつれて低下し、266 nmでは約400 °C、488 nmでも約550 °Cの試料でD1-bandがほぼ消失した。このような挙動により、従来広く用いられてきたD-bandとG bandの面積比に基づく変成温度指標(R2 ratio)は、すべてのレーザー波長に対してそのまま適用することが困難であることが明らかとなった。
以上の結果を踏まえ、本研究では、各レーザー波長で得られた炭質物ラマンスペクトルに対してカーブフィッティング手法を再検討し、波長に依存せず利用可能なラマンパラメータの探索を行った。本発表では、これらの結果に基づき、多波長レーザー測定に対応した新しい炭質物地質温度計の可能性について議論する。
[引用文献]Wang et al. (1990), Chemistry of Material, 2, 557-563.Ferrari and Robertson, (2000), Physical Review B, 64, 075414. Nakamura et al. (2026), American Mineralogist, 111, 603-617.
そこで本研究では、我々が開発した多波長レーザー顕微ラマン分光装置を用いて、異なる変成温度で形成された天然炭質物のラマンスペクトルが示すレーザー波長依存性を系統的に評価した。解析にはNakamura et al. (2026)で使用した、約160–650 °Cの変成温度履歴を有する代表的な天然炭質物を用いた。測定には266 nm、488 nm、532 nm、633 nm、785 nmのレーザーを使用し、深紫外から近赤外領域までの広い波長範囲を対象とした。装置間誤差の影響を最小限に抑えるため、測定には同一の分光器および検出器を用いた。ただし、各レーザー波長における測定波長域および検出感度を最適化するため、回折格子および対物レンズは各波長に適したものに交換した。各波長で得られたラマンスペクトルを比較した結果、レーザー波長の違いによって主に二つの影響が認められた。第一に、炭質物由来の自家蛍光バックグラウンドである。この蛍光成分は680–700 nm付近に中心を持つ広い発光として現れ、蛍光バックグラウンドの影響によってD1-bandの半値幅が増大する傾向がある。この影響は、赤色から近赤外領域のレーザーを用いた場合に特に顕著であった。第二に、D1-bandの中心位置および強度の波長依存性である。既に先行研究で報告されているように、励起レーザー波長が短くなるにつれてD1-bandの中心位置は高波数側へシフトした。同一試料におけるラマンシフト幅は、約340°C(Ks356)の試料で約187 cm⁻¹に達した。さらに、D1-band強度はレーザー波長が短くなるにつれて低下し、266 nmでは約400 °C、488 nmでも約550 °Cの試料でD1-bandがほぼ消失した。このような挙動により、従来広く用いられてきたD-bandとG bandの面積比に基づく変成温度指標(R2 ratio)は、すべてのレーザー波長に対してそのまま適用することが困難であることが明らかとなった。
以上の結果を踏まえ、本研究では、各レーザー波長で得られた炭質物ラマンスペクトルに対してカーブフィッティング手法を再検討し、波長に依存せず利用可能なラマンパラメータの探索を行った。本発表では、これらの結果に基づき、多波長レーザー測定に対応した新しい炭質物地質温度計の可能性について議論する。
[引用文献]Wang et al. (1990), Chemistry of Material, 2, 557-563.Ferrari and Robertson, (2000), Physical Review B, 64, 075414. Nakamura et al. (2026), American Mineralogist, 111, 603-617.
