講演情報

[AAS08-P49]台風に伴う植物起源揮発性有機化合物の排出増加が二次有機エアロゾル生成に及ぼす影響

*小牟田 ニキータ1,2,3、梶野 瑞王2,1、飯沼 賢輝4、新垣 雄光3 (1.筑波大学、2.気象庁気象研究所、3.琉球大学、4.沖縄科学技術大学院大学)

キーワード:

大気化学、エアロゾル、台風、大気汚染、植物起源揮発性有機化合物、気候変動

【背景と目的】気体として植物から放出される植物起源揮発性有機化合物 (BVOCs) は、大気中の酸化反応で植物起源二次有機エアロゾル (BSOA) を生成する。BSOAは健康影響が指摘されるとともに、雲凝結核活性や放射収支を通じて気候にも影響を及ぼす1)。BVOC放出量は日射量と気温に依存するため、森林被覆率が高く、日射量・気温も高い沖縄島のような亜熱帯地域では放出量は高水準にある。一方で、O3などの酸化剤濃度が低いため、BSOA濃度は相対的に低い2)。しかし、台風通過時には東アジアからの酸化剤輸送および沖縄島での樹木損傷に伴うBVOC放出量の増加が生じ、通過後におけるBSOA濃度および酸化度の増加が先行研究により明らかになった3)。ただし、同研究で用いられた気象庁領域気象化学モデル (NHM-Chem)4) にはSOA化学が含まれておらず、モデル解析は主にオゾン生成の評価に用いられた。そのため、BSOAについては観測結果に基づく大気中濃度および化学特性の変化に関する議論に限定されており、台風時のBSOA生成機構については十分理解されていない。そこで本研究では、台風によるBSOA生成プロセスの解明を目的に、BSOA化学を実装したボックスモデルを構築し、BSOA生成機構を評価した。
【方法】先行研究3) における観測地点であるOIST (26.47°N, 127.83°E) を含むグリッドのNHM-Chemによる1時間ごとの計算結果をボックスモデルの初期条件として解析を行った。NHM-Chemの計算領域は、北東アジアスケールの親ドメイン、沖縄島を含むネストドメインの水平解像度をそれぞれ30 km、6 kmとし、計算期間は2023年6月26日から9月1日とした。ボックスモデルにおけるSOA化学スキームは、CMAQ v5.55) に実装されている気相光化学反応、不均一反応、気相–粒子相平衡分配過程をNHM-Chemの構造と整合する形で実装し、1時間当たりのBSOA生成量を算出した。また、NHM-ChemにおいてBVOCの排出インベントリであるMEGAN2には、BVOC放出量が風速の関数として定義されていない。そこで本研究では、MEGAN2により推定されたBVOC放出量を基準とした数値計算に加え、台風通過後の各時刻におけるBVOC濃度を一定倍率で増加させる感度実験を行い、樹木損傷に伴うBVOC放出量増加の影響を評価した。
【結果と考察】NHM-Chemの3次元計算により、台風通過に伴いO3やNO3などの酸化剤濃度が上昇し、ボックスモデル計算により通過前は平均して1.79×10-2 µg m-3 h-1だったBSOA生成量が通過後は7.01×10-2 µg m-3 h-1まで増加した。またBVOC感度実験では、BVOC放出量増加に対してBSOA生成量が非線形的に増加した (Figure 1)。これはBVOC放出量増加に伴い、低揮発性酸化物は線形的に粒子相へ分配された一方、高揮発性酸化物は粒子相有機物の濃度増加に伴い非線形的に粒子相へ移行したためであった。また、通過前は夜間のBSOA生成は進まず、日中は低酸化度のモノテルペン由来BSOAが生成を支配していた。一方、通過後は日中に高酸化度のイソプレン由来BSOA生成の寄与が増加し、さらにNO3濃度の上昇に伴って夜間にはモノテルペン由来有機硝酸の生成が進行した。その結果、生成されるBSOA全体の酸化度が上昇した。先行研究3) の観測結果においても、通過後に有機硝酸濃度の増加およびBSOAの酸化度上昇が報告されているが、本研究結果により、台風に伴う東アジアからの酸化剤輸送と樹木損傷によるBVOC放出量増加がBSOA生成を促進し、その化学組成を変化させるメカニズムが新たに示唆された。
本研究成果は地球温暖化の進行により、強度および頻度の増加が懸念される台風到来時の大気汚染リスクを定量的に評価するための基盤となることが期待される。
【参考文献】1) Zhao, B., et al. (2025) Chem. Res. Toxicol. 38, 1585-1594. 2) Chatani, S., et al. (2015) Atmos. Environ. 120, 38-50. 3) Iinuma, Y. and Kajino, M. (2025) Earth Space Chem. 9, 699-714. 4) Kajino, M., et al. (2019) J. Meteor. Soc. Jpn. 97(2), 337–374. 5) U.S. EPA. (2024). Community Multiscale Air Quality (CMAQ) model, version 5.5.