講演情報
[AOS26-P07]変動する沿岸環境の一次生産を評価する:相模川河口域における冬季6年調査
*西條 光河1、川延 京子1、鈴木 祥弘2 (1.神奈川大学 大学院、2.神奈川大学 理学部)
キーワード:
バイオマス、相模川河口、種多様性
諸言
相模湾は、沖合からの黒潮系暖水の波及と、沿岸部における河川水の流入が拮抗し、極めて複雑な物理環境を形成する海域である。とりわけ相模川河口に位置し、急峻な「平塚海谷」を擁する平塚周辺海域は、地形的・水理学的要因による時空間的な環境変動が著しく、その生態系の全容解明は困難とされてきた。しかし一方で、本海域は高い生産性を背景に、定置網漁業や観光資源として地域経済を支える重要な海域であり、その環境特性と基礎生産構造を把握することは、持続的な海洋利用の観点から不可欠である。
そこで本研究では、短期的な変動の影響を最小限に抑え、本海域の基礎的な環境特性(ベースライン)を明らかにするため、水塊構造が比較的安定する冬季に焦点を絞った。2021年から2026年までの6年間、各年12月から1月の厳冬期において、詳細な海況観測および植物プランクトンの現存量・種組成調査を実施した。本発表では、蓄積されたデータに基づき、冬季の物理・化学的環境要因が植物プランクトン群集に与える影響を解析し、都市近郊河口域としての生態学的特性について考察する。
方法
調査は2021年1月15日から2026年1月9日にかけ、相模川河口(0 m)から南方沖合5000 mまでの南北定線上に設定した計13測点で実施した。各測点において、多項目水質計(AAQ126, JFEアドバンテック)を用い、水温、塩分、光強度等の物理環境要因およびクロロフィル蛍光強度の鉛直プロファイルを測定した。得られた蛍光強度は、同時採水した試料を蛍光分光器(TD-700, Turner Designs)で分析して得たクロロフィルa(Chla)実測値に基づいて較正し、絶対値(μg/L)へと換算した。
さらに、植物プランクトンの群集組成を明らかにするため、河口および沖合(1000 m、5000 m)の代表測点において表層水を採取した。試料は光学顕微鏡を用いて検鏡し、細胞密度を算出した。なお、群集解析においては、形態による同定が比較的容易な「珪藻類」に対し、小型で種判別が困難なクリプト藻や渦鞭毛藻等は「鞭毛藻類」として一括し、主要2群の挙動として解析を行った。
結果と考察
1.海況の変化について
6年間の観測を通じて、塩分濃度と密度には共通した傾向が認められた。すなわち、河口から沖合1000mの表層には常に河川水による低塩分水塊が広がり、以深および沖合では冬季特有の鉛直混合により水深50mまで均一な構造が維持されていた。特に2025・2026年は表層の成層が顕著であった。この安定した塩分濃度と密度に対し、水温は年ごとに劇的な変動を示した。2021~2023年は16.5~17.5℃の範囲で推移していたが、2024年には突発的に18.0℃を超える高水温期が出現した。しかし翌2025年には一転して16.0℃前後まで低下した。2026年も沖合深部を除き低温傾向が続いており、本海域の熱環境が黒潮や温暖化の動向に強く支配されている可能性が明らかとなった。
2. 植物プランクトン生物量と群集の応答
6年間の観測を通じて共通する空間分布特性として、河口から沖合1000m付近の海底直上において、周囲より有意に高いChl.a濃度(2.0 µg/L以上)が局所的かつ継続的に観測された。これは本海域特有の物理過程による集積を示唆する。
一方で、経年変動は極めて大きかった。2021年に比較的高かった生物量は、2023年にかけて減少傾向を示し、黒潮系暖水が卓越した2024年の異常高温時には低水準で推移した。しかし、水温が急激に低下した2025年以降、状況は一変した。2026年にはChl.a濃度の上昇が確認され、細胞数は前年比約13倍の539万cells/Lに達する爆発的な増加を記録した。種組成解析の結果、この急増は珪藻 Skeletonema costatum (全細胞数の約81%)のブルームによることが判明した。2024年の高温期から2026年の低温期への急激な環境シフトが、特定の珪藻種の優占と局所的なブルームを誘発したと考えられる。
まとめ
本長期観測により、相模川河口域の冬季環境は、安定した塩分成層構造と、黒潮や温暖化に支配されうる変動的な熱環境との二重構造を持つことが判明した。特に低温年における特定の珪藻種の大増殖は、水温低下に対応する様々な環境変化が基礎生産構造を劇的に変化させることを実証したものである。本海域の生態系は、河川と外洋、双方の影響が交錯する場として、物理環境のシフトに対し極めて高い応答性を有していると結論づけられる。
相模湾は、沖合からの黒潮系暖水の波及と、沿岸部における河川水の流入が拮抗し、極めて複雑な物理環境を形成する海域である。とりわけ相模川河口に位置し、急峻な「平塚海谷」を擁する平塚周辺海域は、地形的・水理学的要因による時空間的な環境変動が著しく、その生態系の全容解明は困難とされてきた。しかし一方で、本海域は高い生産性を背景に、定置網漁業や観光資源として地域経済を支える重要な海域であり、その環境特性と基礎生産構造を把握することは、持続的な海洋利用の観点から不可欠である。
そこで本研究では、短期的な変動の影響を最小限に抑え、本海域の基礎的な環境特性(ベースライン)を明らかにするため、水塊構造が比較的安定する冬季に焦点を絞った。2021年から2026年までの6年間、各年12月から1月の厳冬期において、詳細な海況観測および植物プランクトンの現存量・種組成調査を実施した。本発表では、蓄積されたデータに基づき、冬季の物理・化学的環境要因が植物プランクトン群集に与える影響を解析し、都市近郊河口域としての生態学的特性について考察する。
方法
調査は2021年1月15日から2026年1月9日にかけ、相模川河口(0 m)から南方沖合5000 mまでの南北定線上に設定した計13測点で実施した。各測点において、多項目水質計(AAQ126, JFEアドバンテック)を用い、水温、塩分、光強度等の物理環境要因およびクロロフィル蛍光強度の鉛直プロファイルを測定した。得られた蛍光強度は、同時採水した試料を蛍光分光器(TD-700, Turner Designs)で分析して得たクロロフィルa(Chla)実測値に基づいて較正し、絶対値(μg/L)へと換算した。
さらに、植物プランクトンの群集組成を明らかにするため、河口および沖合(1000 m、5000 m)の代表測点において表層水を採取した。試料は光学顕微鏡を用いて検鏡し、細胞密度を算出した。なお、群集解析においては、形態による同定が比較的容易な「珪藻類」に対し、小型で種判別が困難なクリプト藻や渦鞭毛藻等は「鞭毛藻類」として一括し、主要2群の挙動として解析を行った。
結果と考察
1.海況の変化について
6年間の観測を通じて、塩分濃度と密度には共通した傾向が認められた。すなわち、河口から沖合1000mの表層には常に河川水による低塩分水塊が広がり、以深および沖合では冬季特有の鉛直混合により水深50mまで均一な構造が維持されていた。特に2025・2026年は表層の成層が顕著であった。この安定した塩分濃度と密度に対し、水温は年ごとに劇的な変動を示した。2021~2023年は16.5~17.5℃の範囲で推移していたが、2024年には突発的に18.0℃を超える高水温期が出現した。しかし翌2025年には一転して16.0℃前後まで低下した。2026年も沖合深部を除き低温傾向が続いており、本海域の熱環境が黒潮や温暖化の動向に強く支配されている可能性が明らかとなった。
2. 植物プランクトン生物量と群集の応答
6年間の観測を通じて共通する空間分布特性として、河口から沖合1000m付近の海底直上において、周囲より有意に高いChl.a濃度(2.0 µg/L以上)が局所的かつ継続的に観測された。これは本海域特有の物理過程による集積を示唆する。
一方で、経年変動は極めて大きかった。2021年に比較的高かった生物量は、2023年にかけて減少傾向を示し、黒潮系暖水が卓越した2024年の異常高温時には低水準で推移した。しかし、水温が急激に低下した2025年以降、状況は一変した。2026年にはChl.a濃度の上昇が確認され、細胞数は前年比約13倍の539万cells/Lに達する爆発的な増加を記録した。種組成解析の結果、この急増は珪藻 Skeletonema costatum (全細胞数の約81%)のブルームによることが判明した。2024年の高温期から2026年の低温期への急激な環境シフトが、特定の珪藻種の優占と局所的なブルームを誘発したと考えられる。
まとめ
本長期観測により、相模川河口域の冬季環境は、安定した塩分成層構造と、黒潮や温暖化に支配されうる変動的な熱環境との二重構造を持つことが判明した。特に低温年における特定の珪藻種の大増殖は、水温低下に対応する様々な環境変化が基礎生産構造を劇的に変化させることを実証したものである。本海域の生態系は、河川と外洋、双方の影響が交錯する場として、物理環境のシフトに対し極めて高い応答性を有していると結論づけられる。
