講演情報
[HDS11-P01]大地震に伴うメタン火災リスクに備える:首都東京の減災対策と防災リテラシー
*榎本 祐嗣11、服部 克巳1、戸丸 仁1、長尾 年恭2、増田 幸弘3、田中 和明4、田辺 祐5、浜口 真佐樹6、明渡 純7、鍛冶 良作7、近藤 斎8、大内 照雄9、浅野 英樹9、楠美 健太10 (1.千葉大学、2.東海大学、3.芝浦工業大学、4.レジリエンス協議会、5.ファイヤーソリューションズ(株)、6.DUMA、7.産業技術総合研究所、8.名古屋大学、9.減災サステナブル技術協議会、10.(合同)レスキュブ、11.信州大学)
キーワード:
メタン災害、地震、防災リテラシー
本稿では、現行の首都直下地震被害想定や地域防災計画では十分に整理されていない「地下起源ガスによる二次災害リスク」に着目し、その実態や課題を整理するとともに、防災リテラシーの観点から今後の防災政策を考えるうえでの論点を示す。
首都・東京は世界有数の巨大都市である一方、地下に「見えにくい弱さ」を抱えている。日比谷や隅田川周辺の東京低地帯は、かつて海や湿地であった軟弱な堆積層からなり、有機物に富むため微生物作用により生成したメタンガスが浅部に蓄積している[1.2]。さらに地下深部には南関東ガス田につながる地層が広がり、天然ガスが上昇しやすい構造となっている[3]。平常時には意識されにくいが、大地震時にはガスが地表へ噴出し、火災や爆発に至る二次災害として顕在化する可能性がある[3]。
2024年能登半島地震後の輪島市大規模火災ではその可能性が指摘されている[4]。地下水中の溶存メタンが地震動により脱泡し、本震から約1時間後に地表へ湧出して着火した可能性が高い。この時間差は、核形成・気泡成長・地層下での滞留・亀裂を通じた上昇に時間を要するためであり、生活火災とは異なる「地球科学的二次災害」である。
東京低地帯では工事中のガス噴出事故が繰り返し発生してきた[3]。2024年の大阪・夢洲での爆発事故も、都市浅部地下に可燃性ガスが存在する現実を示した。首都直下地震のように都市全体が同時に揺れる場合、こうした危険は広域に出現しうる。特に避難所や防災拠点では、基礎杭や地下空間、建物の亀裂がガスの通路や滞留域となる可能性がある。
メタンは無色無臭で感知できず、危険濃度に達するまで時間を要する。このため、地震直後は安全に見えても、避難後に火災・爆発が起こる「時間差リスク」を伴う点が従来の想定と本質的に異なる。この問題は技術課題にとどまらず、災害観そのものを問い直す。日本の防災は可視的被害を中心に構築されてきたが、地下ガス災害の視点は十分に共有されてこなかった。これは自然科学と同時に、危険認識、情報伝達、避難行動、制度設計に関わる社会的課題でもある。
「どこで」「いつ」「どのような被害が生じうるか」を理解し行動につなげる力こそが災害リテラシーである。メタン火災は典型的な不可視リスクであり、専門知の社会的共有が不可欠である。防災政策上の主要課題として、①地下メタン噴出を地震災害の一類型として位置づけ危険分布を定量化すること、②避難所等への検知・換気・排出機構の導入、③リスクの地図化と市民共有、④発生から着火までの過程を解明する学際研究と産学官連携の強化が挙げられる。
1923年関東大震災の東京低地帯火災についても地下ガス関与の再検討が進みつつあり[5]、過去災害の再解釈は将来の防災設計に重要な知的基盤を与える。メタン火災への備えは、新たな危険を付加することではなく、都市と地下環境の関係を再定義し、自然科学と社会制度を結びつける「文理融合型防災」への転換を促す試金石である。不可視の地下リスクを制度・都市設計・避難行動・教育へ反映させてこそ、首都直下地震に対する実効的な防災リテラシーが成立する。メタン火災リスクへの体系的理解と備えは、巨大都市東京の安全性を支える新たな防災基盤となるであろう。
文献 [1]遠藤毅,中村正明(2000)東京都区部の深部地盤構造とシルト層の土質特性,土木学会論文集,No.652,185-194. [2]中山俊雄(2024)都内地盤のメタンガスの分布について.都土木技術支援・人材育成センター年報,153-156. [3]東京都地質調査業協会,東京の天然(地中)ガス,技術ノートNo.47.27pp. [4]Enomoto, Y., Komatsubara, S. Kiyashu (2025) Ignition of subterranean methane: unveiling a new geohazard in Japan following 2024 Noto Peninsula Earthquake, npj Nat. Hazards 2,31. [5]榎本祐嗣,小松原琢(2024)天然ガス噴出・火災被害が発生した地震とその地質環境,月刊地球,46,842-858.
首都・東京は世界有数の巨大都市である一方、地下に「見えにくい弱さ」を抱えている。日比谷や隅田川周辺の東京低地帯は、かつて海や湿地であった軟弱な堆積層からなり、有機物に富むため微生物作用により生成したメタンガスが浅部に蓄積している[1.2]。さらに地下深部には南関東ガス田につながる地層が広がり、天然ガスが上昇しやすい構造となっている[3]。平常時には意識されにくいが、大地震時にはガスが地表へ噴出し、火災や爆発に至る二次災害として顕在化する可能性がある[3]。
2024年能登半島地震後の輪島市大規模火災ではその可能性が指摘されている[4]。地下水中の溶存メタンが地震動により脱泡し、本震から約1時間後に地表へ湧出して着火した可能性が高い。この時間差は、核形成・気泡成長・地層下での滞留・亀裂を通じた上昇に時間を要するためであり、生活火災とは異なる「地球科学的二次災害」である。
東京低地帯では工事中のガス噴出事故が繰り返し発生してきた[3]。2024年の大阪・夢洲での爆発事故も、都市浅部地下に可燃性ガスが存在する現実を示した。首都直下地震のように都市全体が同時に揺れる場合、こうした危険は広域に出現しうる。特に避難所や防災拠点では、基礎杭や地下空間、建物の亀裂がガスの通路や滞留域となる可能性がある。
メタンは無色無臭で感知できず、危険濃度に達するまで時間を要する。このため、地震直後は安全に見えても、避難後に火災・爆発が起こる「時間差リスク」を伴う点が従来の想定と本質的に異なる。この問題は技術課題にとどまらず、災害観そのものを問い直す。日本の防災は可視的被害を中心に構築されてきたが、地下ガス災害の視点は十分に共有されてこなかった。これは自然科学と同時に、危険認識、情報伝達、避難行動、制度設計に関わる社会的課題でもある。
「どこで」「いつ」「どのような被害が生じうるか」を理解し行動につなげる力こそが災害リテラシーである。メタン火災は典型的な不可視リスクであり、専門知の社会的共有が不可欠である。防災政策上の主要課題として、①地下メタン噴出を地震災害の一類型として位置づけ危険分布を定量化すること、②避難所等への検知・換気・排出機構の導入、③リスクの地図化と市民共有、④発生から着火までの過程を解明する学際研究と産学官連携の強化が挙げられる。
1923年関東大震災の東京低地帯火災についても地下ガス関与の再検討が進みつつあり[5]、過去災害の再解釈は将来の防災設計に重要な知的基盤を与える。メタン火災への備えは、新たな危険を付加することではなく、都市と地下環境の関係を再定義し、自然科学と社会制度を結びつける「文理融合型防災」への転換を促す試金石である。不可視の地下リスクを制度・都市設計・避難行動・教育へ反映させてこそ、首都直下地震に対する実効的な防災リテラシーが成立する。メタン火災リスクへの体系的理解と備えは、巨大都市東京の安全性を支える新たな防災基盤となるであろう。
文献 [1]遠藤毅,中村正明(2000)東京都区部の深部地盤構造とシルト層の土質特性,土木学会論文集,No.652,185-194. [2]中山俊雄(2024)都内地盤のメタンガスの分布について.都土木技術支援・人材育成センター年報,153-156. [3]東京都地質調査業協会,東京の天然(地中)ガス,技術ノートNo.47.27pp. [4]Enomoto, Y., Komatsubara, S. Kiyashu (2025) Ignition of subterranean methane: unveiling a new geohazard in Japan following 2024 Noto Peninsula Earthquake, npj Nat. Hazards 2,31. [5]榎本祐嗣,小松原琢(2024)天然ガス噴出・火災被害が発生した地震とその地質環境,月刊地球,46,842-858.
