講演情報
[O05-P01]藁蛇神事にともなう伝承と災害★招待講演
*先山 徹1 (1.NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)
キーワード:
無形民俗文化財、地質災害、地球神話学、藁で編んだ蛇
1.藁蛇神事と伝説・伝承
日本各地には藁で編んだ大蛇や龍を使用した祭事が多く存在する.それらの多くは自治体の無形民俗文化財に指定されている.その分布は特に近畿~中国地方及び南関東で多く,島根県の出雲地域周辺と隠岐地域の荒神祭(島根県立古代歴史博物館ウェブサイト),奈良盆地の野神祭(牛,2011)が良く知られている.これら祭事の基本的な流れはいずれも住民が藁で大蛇を編んだのち市内を練り歩き,最後に神社や神木に祀るものである.琵琶湖周辺や南関東では大蛇を模した藁綱(勧請縄)を集落の境界に置く風習も同様である.変わったところでは鳥取県東部や兵庫県北部で行われる綱引き行事(油野,1984)がある.自治体の文化財一覧などで筆者が確認した藁蛇神事161件のうち18件で大蛇または龍の伝説が伴っていた. そのうち16件で大蛇は田畑を荒らし,人を襲う恐ろしいものとして描かれている.それらはいずれも大蛇を退治した後のたたりを恐れて藁蛇神事が始まったとされている.一方大蛇を好意的に描いているものは洪水から子供達を守ったとするものが1件,大蛇がいなくなったため干ばつが起こったとするものが1件あるだけであった.それらの他,疫病の流行時や災害時に神仏のお告げによって藁蛇神事が始まったとする伝承が7件存在する.以下に地域ごとに藁蛇神事と災害との関係を見ていく.
2.洪水と藁蛇神事
奈良盆地には野神祭りと称する藁蛇神事が多く見られる.確認した22件のうち6件に人を襲う大蛇の伝説がある.奈良盆地は外部から流れる大きな河川がないため水が不足しがちである.そのため野神祭りは雨乞いの儀式として始められたと考えられている(牛,2001).その一方,盆地外に流れる河川は大和川のみで,周囲の山地からの水はすべてその川に集積する.そのため奈良盆地は頻繁に洪水を起こす地域でもある.そこでハザードマップと重ね合わせると,藁蛇神事は洪水浸水推定区域の周縁部に存在する.伝説での大蛇は大部分が池沼などの水中から現れることを考えると,大蛇が田畑を荒らし,人を襲う伝説は干ばつよりむしろ洪水などの土砂災害に関係すると見たほうが受け入れやすい.藁蛇神事が洪水浸水推定区域の周縁部に多い傾向は,勧請縄の分布にも見られる.勧請縄にともなう伝承では,藁蛇の多くは疫病から守るためとされているが,藁蛇は疫病からだけではなく水害からも地域を守っているのではないだろうか.
3.土石流と藁蛇神事
山地に住む大蛇が麓の集落を襲い,土砂災害を直接想起させる伝承が岡山県新見市の「蛇形祭り」,京都市山科区の「二の講」,兵庫県養父市の「はっさく」の3つの藁蛇神事で確認された.これらの地域はいずれも狭い谷で,上流部には崩れ落ちたコアストーンが見られ,ハザードマップ上では土石流警戒区域となっている.これらの藁蛇神事は土石流災害に関係して行われるようになったと考えられる.
4.地すべり地と藁蛇神事
兵庫県香美町の村岡地域は有数の地すべり地域で,地すべり地塊の頭部には池が形成されている.この地すべり地の末端に位置する和田地区では竜を模した綱引き行事が行われ,それにともなって池に棲む竜がたびたび村を襲う伝説が残されている.このほかかつては近隣の2地域でもかつては綱引き行事が行われていたらしい(油野,).その地域も地すべり地の末端に位置し,地すべり地上部には池や湿原があり,池の大蛇が人を襲う伝説が伝えられている.
5.無形民俗文化財の意義
以上のように,藁蛇神事は多くの場合洪水・土石流・地すべりなどの地質災害と密接に存在し,それに伴う伝説・伝承はそのヒントを与えてくれる.これらのほか中国地方には大元神楽や比婆荒神神楽など藁蛇を使った神楽が多く存在する,それらには大蛇の伝説は伴わないが,藁蛇神事と共通する部分が多く,藁蛇神事に芸能的な部分が加わったとも考えられる.地域に残る多くの伝説や伝承は人々の自然への恐れや畏敬の念を反映したものであり,藁蛇神事のような無形民俗文化財はそれを具現化したものであると考えられる.
文献
牛 承彪(2011)奈良盆地における藁の大蛇─日本・中国における龍蛇信仰の比較研究に向けて─.関西外国語大学研究論集,94,81-98.
島根県立古代出雲歴史博物館 しまねの祭(市町村一覧)https://www.izm.ed.jp/cms/cms.php?mode=v&id=35 (2026年2月16日閲覧)
油野利博(1984)鳥取県・兵庫県北部の綱引行事について.鳥取大学教育学部研究報告人文・社会科学,35,79-90.
日本各地には藁で編んだ大蛇や龍を使用した祭事が多く存在する.それらの多くは自治体の無形民俗文化財に指定されている.その分布は特に近畿~中国地方及び南関東で多く,島根県の出雲地域周辺と隠岐地域の荒神祭(島根県立古代歴史博物館ウェブサイト),奈良盆地の野神祭(牛,2011)が良く知られている.これら祭事の基本的な流れはいずれも住民が藁で大蛇を編んだのち市内を練り歩き,最後に神社や神木に祀るものである.琵琶湖周辺や南関東では大蛇を模した藁綱(勧請縄)を集落の境界に置く風習も同様である.変わったところでは鳥取県東部や兵庫県北部で行われる綱引き行事(油野,1984)がある.自治体の文化財一覧などで筆者が確認した藁蛇神事161件のうち18件で大蛇または龍の伝説が伴っていた. そのうち16件で大蛇は田畑を荒らし,人を襲う恐ろしいものとして描かれている.それらはいずれも大蛇を退治した後のたたりを恐れて藁蛇神事が始まったとされている.一方大蛇を好意的に描いているものは洪水から子供達を守ったとするものが1件,大蛇がいなくなったため干ばつが起こったとするものが1件あるだけであった.それらの他,疫病の流行時や災害時に神仏のお告げによって藁蛇神事が始まったとする伝承が7件存在する.以下に地域ごとに藁蛇神事と災害との関係を見ていく.
2.洪水と藁蛇神事
奈良盆地には野神祭りと称する藁蛇神事が多く見られる.確認した22件のうち6件に人を襲う大蛇の伝説がある.奈良盆地は外部から流れる大きな河川がないため水が不足しがちである.そのため野神祭りは雨乞いの儀式として始められたと考えられている(牛,2001).その一方,盆地外に流れる河川は大和川のみで,周囲の山地からの水はすべてその川に集積する.そのため奈良盆地は頻繁に洪水を起こす地域でもある.そこでハザードマップと重ね合わせると,藁蛇神事は洪水浸水推定区域の周縁部に存在する.伝説での大蛇は大部分が池沼などの水中から現れることを考えると,大蛇が田畑を荒らし,人を襲う伝説は干ばつよりむしろ洪水などの土砂災害に関係すると見たほうが受け入れやすい.藁蛇神事が洪水浸水推定区域の周縁部に多い傾向は,勧請縄の分布にも見られる.勧請縄にともなう伝承では,藁蛇の多くは疫病から守るためとされているが,藁蛇は疫病からだけではなく水害からも地域を守っているのではないだろうか.
3.土石流と藁蛇神事
山地に住む大蛇が麓の集落を襲い,土砂災害を直接想起させる伝承が岡山県新見市の「蛇形祭り」,京都市山科区の「二の講」,兵庫県養父市の「はっさく」の3つの藁蛇神事で確認された.これらの地域はいずれも狭い谷で,上流部には崩れ落ちたコアストーンが見られ,ハザードマップ上では土石流警戒区域となっている.これらの藁蛇神事は土石流災害に関係して行われるようになったと考えられる.
4.地すべり地と藁蛇神事
兵庫県香美町の村岡地域は有数の地すべり地域で,地すべり地塊の頭部には池が形成されている.この地すべり地の末端に位置する和田地区では竜を模した綱引き行事が行われ,それにともなって池に棲む竜がたびたび村を襲う伝説が残されている.このほかかつては近隣の2地域でもかつては綱引き行事が行われていたらしい(油野,).その地域も地すべり地の末端に位置し,地すべり地上部には池や湿原があり,池の大蛇が人を襲う伝説が伝えられている.
5.無形民俗文化財の意義
以上のように,藁蛇神事は多くの場合洪水・土石流・地すべりなどの地質災害と密接に存在し,それに伴う伝説・伝承はそのヒントを与えてくれる.これらのほか中国地方には大元神楽や比婆荒神神楽など藁蛇を使った神楽が多く存在する,それらには大蛇の伝説は伴わないが,藁蛇神事と共通する部分が多く,藁蛇神事に芸能的な部分が加わったとも考えられる.地域に残る多くの伝説や伝承は人々の自然への恐れや畏敬の念を反映したものであり,藁蛇神事のような無形民俗文化財はそれを具現化したものであると考えられる.
文献
牛 承彪(2011)奈良盆地における藁の大蛇─日本・中国における龍蛇信仰の比較研究に向けて─.関西外国語大学研究論集,94,81-98.
島根県立古代出雲歴史博物館 しまねの祭(市町村一覧)https://www.izm.ed.jp/cms/cms.php?mode=v&id=35 (2026年2月16日閲覧)
油野利博(1984)鳥取県・兵庫県北部の綱引行事について.鳥取大学教育学部研究報告人文・社会科学,35,79-90.
