講演情報

[O05-P04]アワビ殻をめぐる沿岸環境と文化伝承の融合★招待講演

*黄 子涵1,2、Weerakoon Leonie3,1、Havrehed Christian4 (1.東京大学大気海洋研究所、2.東京大学総合文化研究科、3.Kinetik Ventures、4.Yantu Project)

キーワード:

アワビ、徐福伝説、海女・海士文化

近代的な自然科学(いわゆる西洋科学)において、「文化」や「伝承」は数値化や客観的な指標化が困難であるという理由から、地球科学的な議論の対象から除外される傾向にある。しかし、それらは人間が数千年にわたり地球環境と対峙し、適応してきた経験の集積である。本発表では、古来より日本沿岸で食用・薬用・信仰の対象となってきたアワビ(Haliotis spp.)を対象とし、その地球化学的な環境記録(アーカイブ)としての側面と、文化伝承を含めて統合的に考察することを目的とする。

アワビは『万葉集』での「片思い」の象徴から、秦の始皇帝が求めた「不老不死の薬(九穴のアワビ)」に至るまで、多様な物語を内包している。発表者は2024年に実施された「新・徐福東渡」プロジェクトに携わり、東シナ海の風・潮流といった物理的環境条件が、渡海の成否や「不老不死」という語りの形成に強く影響している様子を間接的に観察した。 また、海女・海士への聞き取りを通じ、アワビ採取が海況や藻場の変化を身体的に読み取る「実践的な地球科学」として機能してきた可能性を見出した。本発表では、これら「身体知」としての伝承と、アワビ殻に残された物理的な記録を、同じ沿岸環境に対する相補的なアーカイブとして捉え直す。

あわせて、日本沿岸の海女・海士との聞き取りや対話から、アワビ採取が季節性や海況を身体的に読み取る実践として理解されていること、近年の高水温化や藻場変化が生活の言葉として認識されていることが示唆された。本発表では、徐福が求めたとされる「不老不死の薬」を歴史的事実として論じるのではなく、アワビが食料や薬用といった資源的利用の対象であると同時に、沿岸環境に生きる生物として人々の身体経験や自然観と深く結びついてきた点に注目する。アワビ殻(石決明)が後世において不老不死という概念と結びつけて解釈されていった文化的・環境的過程を通じて、発表者自身の地球化学的研究と地球神話学的視点をどのように接続し、博士研究として統合していくかを探る。

アワビ殻を用いた海洋環境の化学的解析(詳細は別セッションU-07にて発表)という定量的な研究と、地球神話学的視点をどのように接続し、博士研究として統合していくか、その方法論を探る。文化を「数値化できないノイズ」ではなく、地球科学的な環境とともに生きてきた人々の自然観を知るための重要な手がかりとして位置づける意義を議論したい。