講演情報

[O05-P09]豊岡盆地の成り立ちとアメノヒボコ伝説★招待講演

*松原 典孝1 (1.兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)

キーワード:

ジオパーク、アメノヒボコ、日本海の形成、玄武洞、豊岡盆地

山陰海岸ユネスコ世界ジオパークの世界的科学的価値である玄武洞は、松山基範博士によって地磁気逆転現象が世界で初めて提唱されるきっかけとなった地質サイトである(Matuyama, 1929)。この玄武洞が位置する豊岡盆地には、朝鮮半島と日本をつなぐ神話「アメノヒボコ伝説」が存在する。アメノヒボコ伝説は、「日本書紀」や「古事記」、「播磨の国風土記」などに記述がみられる神話で、新羅の国(朝鮮半島南東部)の王子であった天日槍(あめのひぼこ)が舟に乗ってやってきて、諸国をめぐり但馬国(たじまのくに:兵庫県北部、但馬地方)に入るというものであり、「播磨の国風土記」では、アメノヒボコが但馬の伊都志(いずし:豊岡市出石)の地を収めることになったとしている。豊岡盆地の最奥部にある出石には、但馬国一宮「出石神社」があり、そこでは今もアメノヒボコが祭神として祀られている。では、アメノヒボコ伝説はなぜ豊岡盆地に生まれたのか、玄武洞の存在や日本海拡大、リアス海岸の入り江だった豊岡盆地の埋積などの地球科学的地域特性と絡めて紐解きたい(本内容は日本地質学会編「大地と人の物語、地質学でよみとく日本の伝承」に寄稿したものである)。
Matuyama, M. (1929) ‘On the Direction of Magnetisation of Basalt in Japan, Tyôsen and Manchuria’, in Proceedings of the Imperial Academy. Tokyo, pp. 203–205.