講演情報

[O05-P11]天然記念物の保全と神話ー布田川断層の例ー★招待講演

*柴田 伊廣1 (1.文化庁文化財第二課天然記念物部門)

キーワード:

天然記念物、地質遺産、布田川断層帯

天然記念物制度は1919年施行の史蹟名勝天然紀念物保存法に始まり、現在は文化財保護法のもとで運用されている。その指定基準には、地震断層や火山活動、侵食現象など、自然災害に関わる現象も含まれる。近年約30年でも、地震や津波に関連する複数の事例が指定されており、兵庫県南部地震で出現した野島断層や、2016年熊本地震の震源断層である布田川断層帯などが代表例である。これらは単なる地形ではなく、災害の記憶を伝える「実物資料」としての価値を持つ。



 布田川断層帯は、熊本地震の本震により約31kmにわたり地表に出現した地震断層で、特に変位が顕著だった地区では発災直後から保存措置が講じられた。その結果、現在では覆屋を設けるなどして断層地形が保存・公開され、復興の象徴としても活用されている。地震断層を文化財として指定することは、災害の教訓を後世に伝える取り組みであり、防災教育や地域の記憶の継承に大きな意義を持つ。



 興味深いのは、布田川断層帯周辺に残る民話との関係である。堂園地区には、大蛇が池を掘ったという伝説が伝わるが、地表に現れた断層の形状が蛇の這った跡のように見えることから、過去の地震体験が物語として語り継がれた可能性が指摘されている。地質学的研究によれば、この地域では数千年の間に複数回の断層活動が確認されており、歴史時代の人々が地震を経験していた可能性も高い。民話と地震の直接的関係は断定できないものの、自然現象の記憶が文化の中に織り込まれてきた可能性は十分に考えられる。



 天然記念物は、科学的価値だけでなく、地域の歴史や信仰、物語と結びついた存在でもある。自然災害という厳しい出来事であっても、それを記録し、守り、語り継ぐことは、地域社会のレジリエンスを高める基盤となる。今後は地質学のみならず、民俗学や考古学など多分野の連携により、自然と人との関係をより総合的に明らかにしていくことが期待される。