講演情報
[O05-P12]先島諸島の大波型創世神話と民俗周圏論★招待講演
*藤本 悠吾1 (1.国立大学法人東北大学)
キーワード:
津波、口頭伝承、民俗、沖縄
日本に限らず多くの地域や国で「洪水神話」が知られている。有名なものに中東で記された『旧約聖書』の「ノアの箱舟」がある。これは、神の怒りに触れた人類が大洪水により一掃されそうになった時に、善人であったノアとその家族のみが箱舟を作るように言われ、やってきた動物も乗せこの洪水をしのぎ、その後再度人類が繫栄する話である。また、日本でも同様に『古事記』や『日本書紀』には、大洪水が起った後イザナギノミコトとイザナミノミコトによりかき回された海にできた島に二人が降り立ち、国を生むという話が記されている。上記のような「洪水神話」に似た、大波による創世神話が先島(宮古・八重山)諸島に残されている。また、先島諸島には1771年に発生した明和の大津波を始め、何度か津波が襲来している事が明らかになっている。そこで本研究では、先島諸島における大波による創世神話の分布と特徴を、明和の大津波等を考慮しながら民俗学的な知見から考察する。
調査地域は明和の大津波の直接的な被害地域であった先島諸島のうち宮古列島と八重山列島に絞った。また、尖閣諸島は1940年以降無人島となっている為に調査地域から除外した。調査方法としては、先島諸島の市町村史等を中心として津波に関する文献を琉球大学附属図書館沖縄開架資料室にて調べた。加えて、得られた情報を基にして、一次史料も研究対象とした。また平行して、沖縄県立博物館がデジタル化したNPO法人沖縄伝承話資料センターの伝承話音声テープも調べた。
平良市史編さん委員会(1980)による平良市(現宮古島市)の市町村史の『御嶽由来記』や『雍正日記』、『宮古島記事仕次』には、いずれも津波による創世神話の記述はないが、津波の伝承が確認された。多良間村史編集委員会(1993)によると、多良間村には大波による創世神話が伝承されている。その内容は、大波に襲われた島で、唯一生き残った兄妹が始祖となり島の再建をはかるという内容である。 この話のもとになったものは『乾隆旧記』である。また、『乾隆旧記』は明和の大津波以前の記録である。そこで『乾隆旧記』を調べたところ、大波による記述が確認された。石垣市史や竹富町史(竹富島・新城島・小浜島・鳩間島)、与那国町史には大波による創世神話の記述は無かった。一方で、上勢(1976)において、明和の大津波の影響を受けた津波と人魚の伝承が石垣島で確認された。また、福田(1985)では多良間村と同様の大波による創世神話の記述が鳩間島で確認され、同資料にて与那国島に津波により生き残った叔母と甥により契りが結ばれ島の始祖になったという記述が確認された。鳩間島の記述は村武(1965)によるもので、記述の基になる史料の記載は無かった。また、与那国島の記述は池間(1957)によるもので、記述の基になる史料の記載は無かった。
伝承話音声テープからは、多良間村と与那国町で大波による創世神話がそれぞれ17と1確認された。石垣市では津波と人魚の伝承が25確認された一方で、大波による創世神話は確認できなかった。まとめると、明和の大津波の震波源域から最も近い石垣島は人魚の話、その次に離れた鳩間島や多良間島、与那国島で大波による創世神話が確認された。これまでの結果から石垣島が大波による創世神話の空白地帯であり、伝承が残らないほどの津波に襲われたか、明和の大津波により過去の伝承の上書きが発生した可能性が示唆された。また、後者である場合は方言周圏論を用いて論じることができる可能性がある。方言周圏論とは柳田(1930)にて提唱された概念で、同じ方言の語や音などが文化的中心地から同心円状に分布する場合に、同心円の内側に行くにしたがって新しい語や音になっていると推定するものである。
本発表では、上記で結論づけられた石垣島が大波による創世神話の空白域である可能性と方言周圏論から、災害発生地を中心として伝承に伝播がみられないかについて議論する。結論としては、新しい災害が発生すると過去の伝承の上書きが発生する可能性が示された。
調査地域は明和の大津波の直接的な被害地域であった先島諸島のうち宮古列島と八重山列島に絞った。また、尖閣諸島は1940年以降無人島となっている為に調査地域から除外した。調査方法としては、先島諸島の市町村史等を中心として津波に関する文献を琉球大学附属図書館沖縄開架資料室にて調べた。加えて、得られた情報を基にして、一次史料も研究対象とした。また平行して、沖縄県立博物館がデジタル化したNPO法人沖縄伝承話資料センターの伝承話音声テープも調べた。
平良市史編さん委員会(1980)による平良市(現宮古島市)の市町村史の『御嶽由来記』や『雍正日記』、『宮古島記事仕次』には、いずれも津波による創世神話の記述はないが、津波の伝承が確認された。多良間村史編集委員会(1993)によると、多良間村には大波による創世神話が伝承されている。その内容は、大波に襲われた島で、唯一生き残った兄妹が始祖となり島の再建をはかるという内容である。 この話のもとになったものは『乾隆旧記』である。また、『乾隆旧記』は明和の大津波以前の記録である。そこで『乾隆旧記』を調べたところ、大波による記述が確認された。石垣市史や竹富町史(竹富島・新城島・小浜島・鳩間島)、与那国町史には大波による創世神話の記述は無かった。一方で、上勢(1976)において、明和の大津波の影響を受けた津波と人魚の伝承が石垣島で確認された。また、福田(1985)では多良間村と同様の大波による創世神話の記述が鳩間島で確認され、同資料にて与那国島に津波により生き残った叔母と甥により契りが結ばれ島の始祖になったという記述が確認された。鳩間島の記述は村武(1965)によるもので、記述の基になる史料の記載は無かった。また、与那国島の記述は池間(1957)によるもので、記述の基になる史料の記載は無かった。
伝承話音声テープからは、多良間村と与那国町で大波による創世神話がそれぞれ17と1確認された。石垣市では津波と人魚の伝承が25確認された一方で、大波による創世神話は確認できなかった。まとめると、明和の大津波の震波源域から最も近い石垣島は人魚の話、その次に離れた鳩間島や多良間島、与那国島で大波による創世神話が確認された。これまでの結果から石垣島が大波による創世神話の空白地帯であり、伝承が残らないほどの津波に襲われたか、明和の大津波により過去の伝承の上書きが発生した可能性が示唆された。また、後者である場合は方言周圏論を用いて論じることができる可能性がある。方言周圏論とは柳田(1930)にて提唱された概念で、同じ方言の語や音などが文化的中心地から同心円状に分布する場合に、同心円の内側に行くにしたがって新しい語や音になっていると推定するものである。
本発表では、上記で結論づけられた石垣島が大波による創世神話の空白域である可能性と方言周圏論から、災害発生地を中心として伝承に伝播がみられないかについて議論する。結論としては、新しい災害が発生すると過去の伝承の上書きが発生する可能性が示された。
