講演情報
[O12-P49]伊豆半島に吹く潮風が桜葉をクマリン豊かにする
*喜多村 奈那1、*大川 壮真1、*杉山 悠1、*土屋 奏人1、土屋 洋斗2、山本 智美2、山本 実々2、渡邉 麗海2 (1. 静岡県立韮山高等学校、2. 静岡県立松崎高等学校)
キーワード:
潮風、土壌、伊豆半島、塩分、海陸風、駿河湾
1.背景と目的
オオシマザクラ(Prunus lannesiana var. speciosa)の葉を塩漬けにしたものは、クマリンという香り成分を豊富に含み、桜葉餅などの和菓子に使われる。静岡県賀茂郡松崎町は伊豆半島西海岸に位置し、海と山が隣接する奥伊豆に特有の地形と温暖な気候を活かして、全国の桜葉生産量の7割を占めている。私たちは、松崎町と近隣の市町で桜葉の生産が盛んな理由を明らかにするため、3年間にわたり調査を続けてきた。その中で得られた「伊豆半島の潮風が桜葉をクマリン豊かにする」という仮説の検証結果と、クマリン含量を高める栽培条件の検討状況を、ここに報告する。
2.方法
第一の調査では、クマリン含量に与える地域•遺伝要因の影響を明らかにするため、サクラ属(Prunus sp.)の無傷の葉(葉長6cm以上)を静岡県東部の4市町(松崎町、三島市、伊豆の国市、伊東市)で採取した。
第二の調査では、クマリン含量に与える傷害ストレスと塩害ストレスの影響を明らかにするため、ピンセットで葉を傷つける実験と海水(駿河湾)を吹きかける実験をした。さらに、クマリン含量に与える土壌塩類の影響を明らかにするため、土壌の電気伝導度をマルチ化学センサにより測定した。
第三の調査では、香り高い桜葉を生産している「河浦花園」さんがオリジナルレシピの堆肥に使用しているテングサの搾りかすに注目し、テングサの搾りかすがクマリン含量を増やすか検証するためにオオシマザクラの同親挿木苗を用いて栽培実験を行った。なお、全ての調査・実験で採取した葉は、桜葉餅の専門店で聴き取りした手順に則り、3カ月にわたり23%食塩水に漬けた。その後のクマリン含量は、液体クロマトグラフィのピーク面積から算出した。
3.結果
計33試料のクマリンを調べたところ、葉1 gに含まれるクマリンは、オオシマザクラで0.37~1.75mg、ソメイヨシノで0.77~1.44 mg、カワヅザクラで0.85~1.23 mgだった。同じ品種の桜でも2~5倍ばらつく一方で、3品種間に統計的な有意差はなかった。しかし海岸まで52 mの伊東市城ケ崎のオオシマザクラが最大値1.75 mgを記録した。
次に、葉へのストレス実験では、クマリン含量が傷害処理で1.1〜1.2倍に、塩害処理で1.1〜1.5倍に増加した。また、土壌の電気伝導度を測定した結果、土壌塩類が多いほどクマリン含量も高くなるという正の相関が確認された。さらに、気象データ(8月)を用いて西海岸の松崎と東海岸の網代における風向を比較し、カイ二乗検定を行った結果、統計学的に有意な差が認められた。これにより、松崎町では夏の昼間に海から陸へ向かう西寄りの風(潮風)が、網代に比べて5.6倍の高頻度で吹くことが実証された。
さらに、テングサ搾りかすを用いた栽培実験では、土の上に置くよりも土に混ぜ込む処理の方がクマリンの増加量が大きかった。「混ぜ込み区」では、葉1gあたりのクマリン含量が2.3 mgに達し、過去に調査した全54試料の中で最高値を記録した。
4.考察と今後の課題
本研究の調査では、サクラの品種間や地域間でクマリン含量に有意な差は見られなかった。遺伝的背景が均一なはずのソメイヨシノ(無性生殖)でもばらつきがあったことから、野外のサクラは遺伝的要因よりも「生育環境」によってクマリン含量が大きく変動すると結論づけた。実験の結果、傷害や塩害ストレスによってクマリンが増加し、土壌塩類量とも強い正の相関を示した。これは「潮風による塩害ストレスがクマリン豊かな桜葉をもたらす」という私たちの仮説を強く支持する。また、テングサを用いた実験でクマリンが増加した理由も、テングサ由来のミネラルが潮風と同様の環境ストレスとして土壌に働き、植物の防御物質であるクマリンの生産を促進したためだと考えられる。今後は、テングサを用いた堆肥により「栽培の最適化」を図る。土壌の電気伝導度とクマリン含量の推移を検証し、クマリンが最も増える条件を明らかにする。本研究の成果を発展させ、松崎町の地域おこしに貢献する香り豊かな桜葉生産を目指したい。
5.謝辞
沼津工業技術支援センター(液クロ)、松崎桜葉商店(聴き取り、製法など)、静岡県立松崎高等学校(聴き取り、試料採取など)、株式会社海女屋(テングサ)さんの協力に感謝いたします。
6.参考文献
古賀惠介『伊豆の桜葉漬けとオオシマザクラの記憶』龍城論叢(2013)
北川晴雄ら『生物学的活性を有するクマリン誘導体の一般薬理作用』薬学雑誌(1963)
オオシマザクラ(Prunus lannesiana var. speciosa)の葉を塩漬けにしたものは、クマリンという香り成分を豊富に含み、桜葉餅などの和菓子に使われる。静岡県賀茂郡松崎町は伊豆半島西海岸に位置し、海と山が隣接する奥伊豆に特有の地形と温暖な気候を活かして、全国の桜葉生産量の7割を占めている。私たちは、松崎町と近隣の市町で桜葉の生産が盛んな理由を明らかにするため、3年間にわたり調査を続けてきた。その中で得られた「伊豆半島の潮風が桜葉をクマリン豊かにする」という仮説の検証結果と、クマリン含量を高める栽培条件の検討状況を、ここに報告する。
2.方法
第一の調査では、クマリン含量に与える地域•遺伝要因の影響を明らかにするため、サクラ属(Prunus sp.)の無傷の葉(葉長6cm以上)を静岡県東部の4市町(松崎町、三島市、伊豆の国市、伊東市)で採取した。
第二の調査では、クマリン含量に与える傷害ストレスと塩害ストレスの影響を明らかにするため、ピンセットで葉を傷つける実験と海水(駿河湾)を吹きかける実験をした。さらに、クマリン含量に与える土壌塩類の影響を明らかにするため、土壌の電気伝導度をマルチ化学センサにより測定した。
第三の調査では、香り高い桜葉を生産している「河浦花園」さんがオリジナルレシピの堆肥に使用しているテングサの搾りかすに注目し、テングサの搾りかすがクマリン含量を増やすか検証するためにオオシマザクラの同親挿木苗を用いて栽培実験を行った。なお、全ての調査・実験で採取した葉は、桜葉餅の専門店で聴き取りした手順に則り、3カ月にわたり23%食塩水に漬けた。その後のクマリン含量は、液体クロマトグラフィのピーク面積から算出した。
3.結果
計33試料のクマリンを調べたところ、葉1 gに含まれるクマリンは、オオシマザクラで0.37~1.75mg、ソメイヨシノで0.77~1.44 mg、カワヅザクラで0.85~1.23 mgだった。同じ品種の桜でも2~5倍ばらつく一方で、3品種間に統計的な有意差はなかった。しかし海岸まで52 mの伊東市城ケ崎のオオシマザクラが最大値1.75 mgを記録した。
次に、葉へのストレス実験では、クマリン含量が傷害処理で1.1〜1.2倍に、塩害処理で1.1〜1.5倍に増加した。また、土壌の電気伝導度を測定した結果、土壌塩類が多いほどクマリン含量も高くなるという正の相関が確認された。さらに、気象データ(8月)を用いて西海岸の松崎と東海岸の網代における風向を比較し、カイ二乗検定を行った結果、統計学的に有意な差が認められた。これにより、松崎町では夏の昼間に海から陸へ向かう西寄りの風(潮風)が、網代に比べて5.6倍の高頻度で吹くことが実証された。
さらに、テングサ搾りかすを用いた栽培実験では、土の上に置くよりも土に混ぜ込む処理の方がクマリンの増加量が大きかった。「混ぜ込み区」では、葉1gあたりのクマリン含量が2.3 mgに達し、過去に調査した全54試料の中で最高値を記録した。
4.考察と今後の課題
本研究の調査では、サクラの品種間や地域間でクマリン含量に有意な差は見られなかった。遺伝的背景が均一なはずのソメイヨシノ(無性生殖)でもばらつきがあったことから、野外のサクラは遺伝的要因よりも「生育環境」によってクマリン含量が大きく変動すると結論づけた。実験の結果、傷害や塩害ストレスによってクマリンが増加し、土壌塩類量とも強い正の相関を示した。これは「潮風による塩害ストレスがクマリン豊かな桜葉をもたらす」という私たちの仮説を強く支持する。また、テングサを用いた実験でクマリンが増加した理由も、テングサ由来のミネラルが潮風と同様の環境ストレスとして土壌に働き、植物の防御物質であるクマリンの生産を促進したためだと考えられる。今後は、テングサを用いた堆肥により「栽培の最適化」を図る。土壌の電気伝導度とクマリン含量の推移を検証し、クマリンが最も増える条件を明らかにする。本研究の成果を発展させ、松崎町の地域おこしに貢献する香り豊かな桜葉生産を目指したい。
5.謝辞
沼津工業技術支援センター(液クロ)、松崎桜葉商店(聴き取り、製法など)、静岡県立松崎高等学校(聴き取り、試料採取など)、株式会社海女屋(テングサ)さんの協力に感謝いたします。
6.参考文献
古賀惠介『伊豆の桜葉漬けとオオシマザクラの記憶』龍城論叢(2013)
北川晴雄ら『生物学的活性を有するクマリン誘導体の一般薬理作用』薬学雑誌(1963)
