講演情報

[PPS12-06]低圧条件でのアンモニウムMgリン酸塩(Struvite, MgNH4PO4·6H2O)からの揮発性成分脱ガス

*松本 有香子1、橘 省吾1,2 (1.国立大学法人東京大学、2.宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)

キーワード:

Mgリン酸塩、脱ガス、リュウグウ、べヌー、熱史

べヌーの主なリン酸塩はMgリン酸塩であり,ひび割れたような組織を持つ(e.g., Lauretta, Connolly et al., 2024; McCoy, Russel et al., 2025).リュウグウにも量は少ないが,Mgリン酸塩が存在し(e.g., Nakamura et al., 2022; Nakato et al., 2022),これらが非晶質であることから,含水Mgリン酸塩が脱水・非晶質化したものと考えられている(Ma et al. 2022).さらに,リュウグウおよびべヌー両試料には,周囲のマトリクスよりも反射率が高く,水・アンモニウムイオン・リン酸塩に対応する吸収バンドを示すHydrated Ammonium-Magnesium-Phosphorus (HAMP) -rich compoundsが存在する(Pilorget et al., 2024, 2025).これらのMgリン酸塩は母天体における水質変成での形成後,加熱による揮発性成分の脱ガスを経験し,小惑星の水質変成後の熱史を記録している可能性がある.本研究では,小惑星におけるMgリン酸塩からの揮発性成分の脱ガス挙動を理解するため,脱水前の鉱物候補であるアンモニウムMgリン酸塩(Struvite, MgNH4PO4·6H2O) (Pilorget et al., 2024, 2025) に対して,低圧条件での加熱実験を行った.
粉末状の天然struvite(独・ニーダーザクセン州)約0.2 mgを,真空炉(Matsumoto and Tachibana, 2026)を用いて~200 Paまたは~10–4–10–5 Pa条件下で20–300°Cに加熱した.実験前後の重量変化から揮発性成分の脱ガス割合を評価した.出発物質と一部の実験生成物について,走査型電子顕微鏡での観察,赤外分光法・粉末X線回折法での分析をおこなった.さらに,~10–4–10–5 Paでの加熱実験の一部で,四重極型質量分析計(QMS)を用いた放出ガス分析をおこなった.
QMS分析より,試料からアンモニアと水が放出されることが確認された.FTIRスペクトルにおいても水とアンモニウムイオンに対応するピークが弱くなり,これらの脱ガスが示唆された.低温実験生成物のFTIRスペクトルは,3 µmおよび6 µm付近の水,7 µm付近のアンモニウムイオンの吸収バンドなど,HAMPの反射スペクトルと共通する特徴をもつ.さらに,実験生成物のXRDパターンは非晶質を示し,小惑星試料のMgリン酸塩の特徴と整合的である.脱水に伴うstruviteの形状変化は見られなかったが,出発物質と実験生成物の両方に,HAMPに見られるひび割れに似た劈開構造が観察された.これは,HAMPが結晶として形成され,脱ガスではなく結晶学的に形成された劈開構造をもつ可能性を示唆する.
低圧条件でのstruviteの脱ガスは,1気圧条件(e.g., Frost et al., 2004)よりも低温で進行し,~10–4 Paでは室温(20°C)でも,struviteに含まれる水とアンモニアの総量のおよそ7割が脱ガスした.また,300°C以下の加熱では完全には脱ガスせず,加熱温度に依存したある脱ガス割合で反応が停止した.これはnewberyite (MgHPO4·3H2O)の低圧条件での脱水挙動と整合的である(Matsumoto and Tachibana, 2026).
この反応停止は,Mg2+に配位したH2O分子および,そのH2O分子に水素結合しているアンモニウムイオンが脱離するにつれて,Mg原子の配位数が減少し,脱ガスの活性化エネルギーが増加するためと考えられる(Matsumoto and Tachibana, 2026).また,200 Paと~10–4 Pa条件で,脱ガス速度に差があることから,低真空では拡散が律速要因となる可能性がある.詳細な解析は今後の課題だが,温度に依存した異なる脱ガス割合での反応停止は,リターンサンプル中のHAMPに残存する揮発性成分量から,そのホスト相が経験した温度に関する制約を与えられる可能性を示唆する.さらに,低温実験生成物のFTIRスペクトルとHAMPの反射スペクトルが類似していることから,スペクトル特徴も母天体の熱履歴制約に貢献する可能性がある.