講演情報

[U17-P02]室内実験にもとづく天体表層・大気環境における太陽起源荷電粒子照射によるヌクレオシドの非生物合成過程の解明

*深澤 こはる1、木村 智樹1、福井 康祐1 (1.東京理科大学)

キーワード:

生命の起源、リボ核酸(RNA)、ヌクレオチド、非生物合成

生命誕生の過程を解明するうえで鍵となる物質の一つにリボ核酸(RNA)があるがその起源は未解明である。リボ核酸の構成要素であるヌクレオチドなどの有機物が、大気や星間物質などの無機物から非生物的に合成されたとする仮説が提案されており[Oparin, 1924]、その検証は生命誕生の環境の理解に必要である。宇宙空間と相互作用する環境では、太陽から放出される陽子や紫外線、銀河宇宙線などが天体の表層や大気に照射されている。RNAのヌクレオチドは核酸塩基、糖の一種であるリボース、リン酸から構成されており、それらの非生物合成は多様な宇宙環境を想定した実験や観測で報告されている。例えば核酸塩基は、初期地球の大気を模したガスサンプルに太陽高エネルギー荷電粒子(SEP)を模した陽子を入射することによる合成が確認されている[例:Kobayashi and Tsuji, 1997]。また、リボースは小惑星ベヌーのサンプルから検出されている[Furukawa et al., 2025]。一方でヌクレオチドは宇宙空間での観測例はいまだなく、照射実験においても合成した例は極めて少ない。ほぼ唯一の成功例は、宇宙空間の小天体の表面を模擬した実験で、ヌクレオシドの一種であるアデノシンとリン酸二水素ナトリウムの固体フィルムに2 MeVの陽子を照射することで、ヌクレオチドの一種であるアデノシン一リン酸(AMP)を生成した実験である[Simakov et al., 2002]。

天体に降り注ぐ陽子は主に3種類に分類できる。常に降り注いでいるkeV帯のエネルギーをもつ太陽風、太陽フレアなどによって断続的に引き起こされる主にMeV帯のエネルギーをもつSEP、数 MeVからEeV帯のエネルギーをもつ銀河宇宙線である。それぞれの現代のエネルギーフラックスは最大で7.4×1011、3.6×1011、1.2×109 keV/cm2/sである[Bennett et al., 2013]。銀河宇宙線はGeV帯の陽子が主であるが、エネルギーフラックスが太陽風などと比べて1 %に満たないため、GeV帯以上の陽子の寄与は小さいと考えられる。MeV帯についてはSimakov et al. [2002]において検証されたが、SEPと同程度のエネルギーフラックスをもつ太陽風については未検証である。そのため、太陽系内で主要なエネルギー源である太陽風のヌクレオチド非生物合成への寄与が未解明である。

そこで本研究は、初期地球の大気の上層または小天体の表層でのヌクレオチドの非生物的合成過程における、keV帯からMeV帯のエネルギーをもつ陽子の寄与を評価する。本研究では2種の実験を行った。1種類目は、Simakov et al. [2002]と同様にアデノシンとリン酸二水素ナトリウムの粉体混合物を用意し、10 keVのH2+(サンプル1)と3.4 MeVの陽子(サンプル2)をそれぞれ照射した。照射したエネルギーfluenceはそれぞれ2.5×1018、3×1018 keV/cm2であった。2種類目はアデニン、D-リボース、リン化合物の3つの粉体の混合サンプルに、10 keVのH2+を照射した。リン化合物については環境ごとの形態の違いを反映し、その反応性の検証のため3 種類(リン酸塩、メチルホスホン酸、ピロリン酸塩)用意した(順にサンプル3,4,5)。各試料に2.3×1018 keV/cm2のエネルギーfluenceで照射した。このサンプルを水溶液化したのち、高速液体クロマトグラフィー分析(HPLC)と液体クロマトグラフィー/四重極飛行時間型質量分析(LC/Q-TOF)を行った。まずアデノシンとリン酸塩のサンプル1と2では、HPLC分析の結果から、keV帯とMeV帯の両エネルギー帯でAMPの生成が確認されなかった。しかし、MeV帯のエネルギーを照射したとき(サンプル2)のみ、非照射サンプルにはないアデニンのピークが有意に見えた。これは、アデノシンが分解したものと考えられる。次にアデニン、D-リボース、リン化合物のサンプル3−5では、HPLC分析とLC/Q-TOF分析の結果、照射によってすべての試料でアデノシンの構造異性体と考えられる物質が3種類生成された一方、AMPは検出されなかった。また、リン酸を含むサンプルでのHPLC上の3種類の照射生成物のピーク面積はリン酸を含まないサンプルと比較してそれぞれ3-10倍ほど大きかった。これはリン酸が生成物の種類を変える選択性をもたないが、生成物の収量に対しては有意に触媒的な作用をしている可能性を示す。

これらの結果は、アデニンとリボースとリン化合物が固体で揃い得る環境において、太陽風やSEP、宇宙線が降り注ぐとき、それらの中のkeV帯の粒子成分の照射によってヌクレオシドが生成し、同時にMeV帯の粒子成分の照射によってそれらの分解も引き起こすことを示唆している。その結果、生成と分解の平衡によって最終生成物がアデニンとヌクレオシドとなる可能性がある。今後はアデニン、リボース、リン酸にMeV帯の陽子を照射してAMPの生成を検証し、照射粒子エネルギー帯ごとのヌクレオチド生成に対する影響について評価していく予定である。本発表では、研究の現状を報告する。