講演情報
[OS-09-01]マルチトレーサーによる流域水文過程の可視化:国際的な研究動向と今後の展望
*利部 慎1 (1. 長崎大学総合生産科学研究科)
キーワード:
マルチトレーサー、流域水文過程、可視化、地表水-地下水相互作用
流域水文過程の解明は水資源管理に不可欠であるが、気候変動や土地利用変化、自然災害等によりその動態は複雑化している。これらを高精度に「可視化」する手法として、複数の物理・化学・同位体・年代指標を組み合わせた「マルチトレーサー法」が強く求められている。本発表では、国際的な研究動向を概観するとともに、国内の調査事例を交えて本手法の有効性と限界を整理し、今後の展望を議論する。国際誌におけるマルチトレーサー関連論文は2010年以降急増している。1990年代は「年代推定と流動」や「汚染起源と動態」といった基盤的な研究が主流であったが、近年では空間的な拡張である「地表水-地下水相互作用の定量化」や、人工甘味料・医薬品等を新たな指標とし、ベイズ混合モデル等と組み合わせる「新規トレーサーの開発と数理・統計モデルとの統合」へと研究の主軸が大きくシフトしている。本手法の有効性を示す事例として、利尻島では3H、CFCs、SF6を組み合わせ、陸域湧水と南西部の海底湧水のスケールの異なる地下水流動系を可視化した。また、熊本地域では85Krにより精緻な滞留時間分布を解明したほか、2016年熊本地震前後における人工甘味料(アセスルファム等)の濃度変動から、インフラ損傷に伴う下水漏出の激化とその後の復旧効果を明確に捉えることに成功した。一方で、小規模な里山湧水において水温変動等に伴う見掛けの年代に矛盾が生じるなど、現場特有の限界や不確実性も存在し、それらをどう統合的に解釈し流動モデルに組み込むかが現在の課題となっている。今後は、蓄積された基盤的研究の確固たる土台の上に、新規トレーサーの地下環境中での挙動特性の解明や流動モデルとの統合を進めることが求められる。これにより、流域水文過程の定性的な「可視化」から定量的な「数値化・予測」へとフェーズを発展させ、持続可能な地下水管理やリスク評価に貢献していくことが期待される。
